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ばんばん、と。掌全体を使い、カウンターを叩いて自らの威勢の良さをアピールし、ジェレマイアがユリシーズを促す。一瞬、マスターが顔を顰めた様に見えたが、ジェレマイアはそれに気付いていない様だ。後で何か言われなければ良いのだがと、ニュクスは虚空を見詰めながら手元に置いてあった自身のお冷を飲み干した。
ジェレマイアの返答に満足したのか、ユリシーズは席を立ち、話がし易い様にと二人の横の席に移動し、距離を詰めた。


「近頃、南エリアのこの付近で変死体が多く見付かっていると言う話を知っているかね?」
「……嗚呼、聞いた事有るな。何でも全身の体液を抜かれてミイラみたいに干乾びてるとか何とか」
「そう、見付けた者が言うには皆首元に噛まれた様な傷が有り、他に目立った外傷は無いと」


店内に居る客はカウンターに座る彼等のみ。しかし、途中で新たな客が来て、話を聞かれてしまっては困る。そう思っているのか、ユリシーズは先程よりも小さな声で二人に話し始めた。
ユリシーズが語る変死体の話は、ニュクスも知っている。ただ、仕事の合間に同業者達がひそひそと話しているのを小耳に挟んだ程度で、詳しくは知らない。ジェレマイアの方は完全に初耳の様で、怪訝そうな表情を浮かべながら聞いていた。


「遺体の発見現場からは凶器と見られる物体は見付かっておらず、代わりに粘性の有る蜘蛛の糸が遺体や地面、壁に付着していたと……貴公は如何思うかね?」
「異端者……それも同一犯の仕業と考えて良いでしょうね。でもそんなの、この辺じゃ良く有る話ですよ」


ニュクス達が拠点としている南エリアは、中立都市の中でも特に治安が悪い事で有名だ。
元々中立都市は異端者を中心に、世間から爪弾きにされた者達が集う場所だ。彼等の事情は其々異なるが、南エリアに流れて来る者達は他エリアに比べ、特に癖が強かった。
奇人、変人。異常性癖者に、人格破綻者。そんな者達が何故南エリアに集中したのか。理由は定かで無いが、その所為で強盗や強姦、殺人等は日常茶飯事となっており、何が起こっても余程の事で無ければ全て各々の『自己責任』として処理される。他エリアの様な治安部隊は有って無い様なものだ。
今回のユリシーズの話も、南エリアの事を考えれば決して珍しい事では無い。ニュクスとジェレマイアはそう思い、軽く見ていたが、次に紡がれた言葉に思わず表情を変えた。


「未だ公にはなっていないが……その変死体が、東エリアでも確認された」
「……、マジかよ」


東エリアは先の南エリアとは対照的に、比較的治安が良いとされている。外部からやって来た人々の大半は此処に居を構え、そこそこ平凡な生活を送っている。
そんな場所に、東エリアの問題が入り込んだとなれば、騒ぎになるのは目に見えている。


「二日前、数は一体だけだがね。見付かった場所は私の教え子達が暮らしている場所でもある故……」


ユリシーズが言いたい事は大体分かった。
当初、変死体が見付かっていたのは南エリアのみだった。この依頼を持ち込んだ際、ユリシーズは変死体を出している人物に対し、余り東の方へ近付かない様にして欲しいと言う程度の思いしかなかった。
急ぐつもりも無かったが、実際に東エリアでの被害が確認された瞬間、早急に手を打つべきだと判断した。変死体を作り出している殺人犯は近付くどころか、堂々とエリアを跨いで来たのだ。中立都市の各エリアの特徴を把握している者ならば、それが如何な意味なのか直ぐに分かるだろう。


「つまり、僕達に殺人犯を捕まえて欲しいと。そう言う事ですかね?」
「南エリアの中ならば、生死は問わないさ。捕まえるでも良し、始末するでも良し……其処は貴公達に任せよう」


事が大きくなり、魔女や葬儀屋が直接動く事は避けたいし、自らも本業では無い為、専門の者に任せたい。更に言えば、或る程度の信頼があり、相応の実力を持つ者に頼みたい。そうして、ニュクスとジェレマイアに白羽の矢が立てられた。




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