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反論も出来ず、もう帰りたいとばかりに肩を落とすジェレマイアを横目に、マスターが話を切り替えようとユリシーズに問い掛ける。


「そう。依頼を引き受けてくれる者が一向に現れないのでね。直接探しに来たのだが」


依頼と言う単語に反応し、ニュクスとジェレマイアがはっとし、互いに顔を見合わせた。数日前、ニュクスが蘇生して間もなく、仕事を貰おうとマスターに訊ね、上げられた候補の中に彼からのものがあった。その時はジェレマイアが速攻却下した為、手は出さなかったが。
まさか、と。嫌な予感と共に顔を向けた先で、二人揃ってユリシーズと目が合ってしまった。


「……嗚呼、其処に居るな。丁度良さそうなのが二人」


丁度と言うよりはわざとこの展開を狙っていたのでは無いか。今この場に居合わせたのは偶々だが、もしニュクスとジェレマイアが居なくても、ユリシーズはマスターに相談をしていただろう。何とかして二人に依頼を引き受けさせようと。眼鏡の下で光る茜の瞳に、ニュクスは如何とも言えない表情を作った。依頼をする側でありながら、される側に拒否権を与えない無言の圧力を感じる。


「ぼ、僕は嫌ですからね。貴方からの依頼なんて」
「ほう、出来ないと言うのかね?」
「そうですねー出来ませんねー。僕にはとても出来ないですよー、頭の良い教授からの依頼なんかー。とってもできませーん」


未だ依頼の内容すら言っていないのだが。わざとらしく両手を掲げ、首を左右に振るジェレマイアに、ユリシーズが嘆息する。話を振ったマスターはどちらの味方にもならず、洗い終わった皿を黙々と拭く作業に入っていた。


「そう、か。矢張り無理か」


早口かつ棒読みで、露骨な拒否をするジェレマイアへユリシーズは分かっていたとばかりに言葉を紡ぐ。しかし、彼の口調もジェレマイア同様、わざとらしいものであり、ニュクスは嫌な予感がした。この後の展開は、もしかしなくても。


「否、分かり切っていた事だな。簡易な魔術も失敗する貴公では、この仕事は荷が重いだろう」


冷気溢れるグラスを指さし、大仰に双肩を竦ませる。ジェレマイアは先程ニュクスとの口論から、冷水を沸騰させようとし、逆の属性の効果を発動させてしまった。一人前の魔術師ならばまず失敗しない、基礎中の基礎である術が出来ないジェレマイアを、ユリシーズはこれでもかとばかりに嘲った。
これは確実に煽りに来ている。普通に頼めば断られる依頼を、敢えて挑発する事で引き受けさせようとしている。ユリシーズの思惑に気付き、それに乗るなと。ニュクスがジェレマイアに忠告しようとした時には、遅かった。


「はぁん?」


ユリシーズの言葉に過敏に反応し、ジェレマイアが片眉を跳ね上げ、粗暴者の様な声を上げた。
見下された事が相当気に入らないのだろう。確かに魔術師としての実力は彼には到底及ばないが、それ以外の点では大体彼に勝っている――とジェレマイアは思っている。南エリアで数々の修羅場を潜り抜けた己と、東エリアの大学と言う名の温室でぬくぬくして来た彼とは様々な面で格が違う。彼に無能扱いされるのは、ニュクスに三流呼ばわりされるよりも腹が立った。


「やってやろーじゃないですか。基本引きこもりで滅多に外に出ないガリ勉教授に、僕が華麗に仕事をこなす姿を見せてやりますよ。ええ」


良い様に踊らされている。どう見ても相手の思い通りに事が運んでいる。ニュクスは心の中で必死に叫んだが、その思いがジェレマイアに届く事は無かった。



「ほら、早くそのお仕事の詳細教えて下さいよ。ほら、ほら!」




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