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「……それで、そのまま朝帰りどころか昼帰りになった、と」


開店して間もないバーのカウンター席。
待ち合わせをした訳でも無く、偶々その場で遭遇したニュクスとジェレマイアは、前回の仕事の後の互いの近況を語り合っていた。


「全く……酷い目に遭ったぜ」
「でもそれはニュクスくんの自業自得じゃないですか?仕事の邪魔はしないでって言われてたんでしょう?」


出されたミートソースのパスタを突付きながらジェレマイアが呆れた様に言う。
二人で請け負った仕事を終えた後、ニュクスがそれなりに親交の有る葬儀屋の『彼等』の元へ出向き、更に仕事について行った。其処までは良い。
だが、中立都市で最も権力が有るとされる葬儀屋の、しかも幹部であるシトリーの仕事の邪魔をし、怒られたと。そして、その後でレライエに襲われ、足腰が立たなくなったと。
如何な状況だったかはジェレマイアには分からないが、話を聞いている限り、同情の余地は無い。


「言われてたがどう見てもあれは俺がやらないとまずかった場面だ」
「またそうやって自分を過信してー。そんなんだから最近襲われるんじゃないんですか?」


シトリーとレライエ。あの二人がその場に揃って居るのなら、余程の相手でない限り、ニュクスが手を出さずとも何とかなっていた筈だ。ああ見えても二人の――特にシトリーのプライドは高い。自らが誇りとしている仕事に水を差され、腹が立たない訳が無い。
ジェレマイアの指摘は大体合っている。しかし、最後の余計な一言に、ニュクスのこめかみが引き攣った。


「うるせえな、三流のお前に言われたかねえよ」
「僕は三流じゃないですー寧ろ超が付く一流なんですー」
「魔法使いとしては一流かもしれねえが、魔術師としては三流以下だろ」


胸を張って自らを一流と称するジェレマイアを、ニュクスが鼻で笑う。
確かにジェレマイアは中立都市の中でも数少ない、優秀な『魔法使い』だ。精霊に愛された彼が操る『風』の力は圧倒的で、他の追随を許さない。
ただ、『魔術師』としての実力はお世辞にも良いとは言えず、ニュクスは彼が風以外の魔術を使っているのを殆ど見た事が無い。偶に見れても、その殆どが失敗が、思っていたよりも小規模かつ貧相で、見る度に失笑した。


「はあぁ!?ちょっと、魔術も使えないニュクスくんと一緒にしないで下さいよ!」


三流と言われ、聞き捨てならないとばかりにジェレマイアが声を荒げた。
実際、ニュクスは魔術を使えない。基礎となる知識を身に付ければ簡易的なものは使えるだろうが、ニュクスはその必要性を感じていない。日常生活でも特に不便だと思った事は無いし戦いの場においても自らが持つ異端の力が有れば十分であった。
その為、ジェレマイアの反論もさして気にせず、ニュクスは更に煽る様に言葉を続けた。


「へーえ?三流じゃねえなら、そこの水を今すぐ沸騰させてみろよ。簡単だろ?」


意地の悪い笑みを浮かべ、ニュクスが指差した先に有ったのは、席に着いて最初に提供されたお冷のグラスだった。氷がたっぷり入ったグラスは出されてから時間が経っても未だ冷たく、室内との温度差により結露が発生している。炎の魔術を用いれば簡単に沸騰させる事が出来るが、直接炎を出せば他の客に迷惑が掛かるし、何よりマスターに怒られる。その為、目に見える力に頼らず、実行しろと言う事だ。
力を直接放出するのでは無く、其処に有る物体に間接的に作用させる。それには魔術の基礎を少し応用する必要が有る。それでも、小さなグラスの中の液体ならば、然程手こずるものでは無い。普通の魔術師ならば、難なくこなせる。


「馬鹿にしないで下さいよ、そんなのちょちょいのちょいーってやっちゃいますよ」


半分程食べ終えたパスタの皿を横へずらし、指されたグラスを手元へ引き寄せ、ジェレマイアはふん、と鼻を鳴らす。
そうしてグラスを自身の目の前に置き、その上へ片手を翳すと、意識を集中させようと沈黙した。指先から魔術を発動させ、グラスの中の水を沸騰させようとしているのだろう。一瞬で沸騰させるのは難しい為、少しずつ熱を与え、温度を上げて行く方法を取っている。それは魔術の知識が殆ど無いニュクスでも分かった。




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