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「綺麗に当たったねえ」


ぴくぴくと痙攣している魔法使いを見て、レライエは感心した様に呟く。
普通の人間がシャベルを投げた所でそう遠くへは飛ばないし、人に当たるとも思えない。それを槍投げの様に易々と投げ、目標の頭を打ち砕くのだから、シトリーの怪力の恐ろしさを再認識させられる。
尤も、彼の怪力は生まれもってのものであり、異端者としての能力は別に有ると言う事が更に恐ろしいのだが。


「……シトリー、仕留め損なった様だよ」


勢いを失い、消えかかっていた炎の壁が、未だに燻っている。魔法使いが絶命すれば消える筈のそれが残っている事に違和感を覚えたレライエの指摘に、シトリーも顔を顰めた。
廃屋の外へ飛ばされた魔法使いの頭部は、確かに砕かれている。けれど良く見れば、だらりと落ちた腕の先は僅かだが動いており、何かを成そうとして蠢いているのが分かった。


「即死したと思ったんだが……ッ」


仕留め切れなかった事実に小さな舌打ちをし、シトリーが動こうとした瞬間。広い屋内に銃声が数発、鋭い音と共に響き渡った。
シトリーとレライエが同時に音のした方を見遣る。すると、ニュクスがしてやったりとばかりに笑みを湛え、両手に銃を携えた状態で立っていた。
更に、其処から魔法使いの方へ視線を移せば、シャベルが刺さってる頭部以外の箇所に銃声と同じ数の穴が空き、血が噴き出ているのが見えた。燻っていた炎が完全に消えた事で、魔法使いが今のニュクスの攻撃により今度こそ絶命したのだと。その場に居る誰もが理解した。


「目標、完全に沈黙……ってな?」


葬儀屋の二人を出し抜き、手柄を取ってやった。得意気なニュクスに対し、レライエはやれやれと肩を竦ませる。
緊張の糸が緩んだと思うのも束の間。シトリーは投げ飛ばしたシャベルを回収しに行くよりも先に、無言でニュクスの元へと歩み寄り、ぐっと彼の胸倉を掴み、片手で持ち上げた。


「は、ぇ……ッ!?」
「邪魔をするなと、言っただろうが」


彼よりも背丈の有る身を持ち上げられ、爪先立ちになり、焦る。
取り敢えず落ち着けとばかりにニュクスが視線を落とす。そこで見えた、感情的に凄むよりも威圧的な雰囲気を漂わせ、非難の言葉を紡ぐシトリーに、息が詰まった。怒っている。これは相当怒っている。下手に言い訳をすればこの儘地面に叩き付けられ、あの魔法使いの様に脳天をかち割られる。


「い、いや、邪魔じゃねえだろ、どう見ても助力だろ」
「私は必要ないと言った」


そう言われてしまうと何も言い返せない。けれど、もしあのシャベルが外れていたらどうするつもりだったのだろうか。燻っていた炎が一気に燃え上がったらどうなったのか。それこそ三人揃って蒸し焼きにされていたのでは無かろうか。突っ込んでみようかと思ったが、胸倉を掴む手に更に力が籠るのを感じ、ニュクスは咄嗟に「すみませんでした」と謝罪の言葉を紡いだ。


「……私は先に帰る。遺体は処理班に任せてあるから、これ以上は弄るな」


掠れ気味の声だったが、反省していると分かったのだろう。シトリーは黙って手を放し、ニュクスの体を地面へ落とした。ニュクスは受け身を取る間も無く尻もちをつき、痛みに軽く悶える。
そんなニュクスを放置し、シトリーは既に死亡している魔法使いに近付き、自らが投げたシャベルを引き抜いた。血肉で汚れた先端を軽く振い、滴るものが殆ど無くなった所で肩に担ぐ。
その後、レライエに今後の動きを伝えると、シトリーは何も言わずに立ち去った。


「怒ってるねえ、シトリーの奴」
「あー……邪魔っつー程の邪魔じゃ無かったのにな。アイツの考えは良く分かんねえ」


シトリーが去って行った方角を見ながらレライエが呟き、ニュクスもそれに同意し、立ち上がろうと地面に手を付く。
だが、上体を完全に起こした所で、急にレライエがニュクスの上に跨る形で乗り、妨害して来た。


「おい、何して……」


やがる、と言い終わるより先にレライエの顔が迫り、遮られる。鼻先が丁度触れ合う程の距離は、数時間前に経験したものだ。だが、其処で見れた彼の瞳に宿っていたのは、その時よりも欲深い、不気味な色だった。ぞわ、と背筋に悪寒が走り、嫌な予感がした。これは、まさか、まさか。


「私はねえ、まだ満腹じゃないんだ。その意味、分かるだろう?」


レライエの両手がニュクスの肩に掛けられ、ぐっと体重が乗った事で地面へ倒される。眼前で微笑み、唄う様に言う彼に対し、返す言葉が無かった。分かりたくない。否、分かっているが頷きたくない。
反射的に視線を逸らし、その先に有った――彼が着ている修道服のスリットの隙間から見えた下着の膨らみに予感が的中している事を悟った。周囲に漂う血臭と、焼けた肉の臭いで彼は欲情している。しかも、空腹時の食事を妨害された事により、常よりも他者を求める欲が一層強まっている。
逃げようと思ったが、体勢が体勢な為、引き剥がす事が出来ない。細い腕の割に、レライエの力は強い。シトリー同様、何処からその力が出ているのか、気になる所だったが今はそれどころでは無い。


「少し私と楽しもうか、ニュクス」
「や、ちょっと、ちょ、待っ……!」


月明かりが差し込む中、複数の遺体が転がる血生臭い空間で。
レライエはニュクスの返答を待つ間も無く彼の服を捲り、肌に触れ、欲望の儘貪った。



それから数時間後、満足したレライエが去った後で、結局ニュクスが帰路に着いたのは、日が昇り周囲が完全に明るくなってからだった。


Ende

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