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王国には、騎士団とは別に国を守る組織がある。
宮廷魔導師と呼ばれる彼等は、王国各地から集められた魔術、魔法に精通する者達だった。騎士団ほどの規模は無いが、個々の実力は高く、少人数でも大軍を相手に引けを取らない。更に、宮廷魔導師達の上には七賢人と呼ばれる実力者達が揃い、騎士団と共に国を守護する役目を担っている。エゼルベルトは騎士団長でありながらその賢人達を纏めるリーダー的存在であり、王族を除けば実質国のトップと言っても差し支えない存在だった。


「聞いたか、フリック様の話」


午後の宮廷。東の塔に繋がる渡り廊下。
書類の束を抱えた男が二人、歩きながら話をしていた。


「ああ、自害されたと聞いた」


それは、先日国内に届いた悲しき報せ。七賢人の一人である、フリック・クライバーが戦死したと。最初は嘘だと思った。彼は七賢人の中でもエゼルベルトに次いで高い実力を持っていた。理知的で、聡明。宮廷魔導師達の参謀とも言える、優れた魔法使い。防衛戦を得意とし、彼が指揮を執る砦が落ちた事は今までに一度だって無かった。そう、無かったのだ。


「七賢人ともあろう御方が……」
「それだけ帝国の力が脅威となっているのだろう」
「……忌々しい」


けれどそんな彼の力も、完成型と呼ばれる生体兵器の前に敗れた。最強の生体兵器・ラヴィーネが前線に立ち、全てを凍らせた。氷に対し、優位な炎の力をもって抗う魔術師、魔法使い達をことごとく無力化し、砦の機能が停止した所で、帝国の軍隊が攻め入り、『落とした』。そんな中でも、フリックは最後の一人になっても戦い抜き、勝ち目がないと悟った所で――自害した。殺されるならばまだ良い。だが、フリックは魔法使いだ。力尽きればその場で捕縛され、帝国に連行されて生体兵器開発の被験体にされるだろう。己の末路が如何なものになるか、分かっていたからこそ彼は自ら命を絶った。帝国に自身の力を良い様に使われたくないと言う思いと、自身の『矜持』を守る為に。


「ご自身の身を焼いて、骨も残さなかったと聞いた」
「ああ! 宮廷魔導師は何をしているんだ! いつまで戦争を続ける気なんだ!」


無能の集まりか、と。片方の男が声を荒げる。明らかに苛立っているのが分かり、もう片方の男は視線を下に落とした。帝国との戦争は最近始まったものではない。もう何十年と、停戦状態になっていた期間も含めれば長い事続いている。仕掛けたのは帝国側であるが、王国が幾ら抗っても諦める気配が無い。寧ろ攻撃の勢いは増すばかりで、ここ数年の間に王国の領地は少しずつ奪われていた。
圧倒的な力の差があれば、諦めもついただろうか。けれど、平伏した先にある未来は、王国の民にとって絶望でしか無いだろう。既に帝国の侵攻を受け、陥落・降伏した他国の者達が如何な扱いを受けているか、既に耳に届いている。


「エゼルベルト様がもっと……れば」
「おい、言うなって」
「だってそうだろう? 皆に持ち上げられて調子に乗ってないか?」
「それは……」


濁しながらも吐き出された言葉の意味。英雄と呼ばれる男の活躍は知っている。それでも、もっと尽力してくれれば。現状十分国の為に働いていてくれているのに、非難するのか。咎めようとして、でも不満なのだと返されればどう答えれば良いかも分からない。


「陰口とは感心しないな」


相方が暴走しかけている所で、どうしたものかと。悩んでいると背後から声を掛けられ、瞬間、ぎくりと身が強張った。相方もまた何かを察した様で、恐る恐る振り返る。
振り返った先には、たった今話をしていた人物の姿があった。腕を組み、こちらを睨み付ける雷帝――エゼルベルト。聞かれた。まずった。思わずそんな考えが脳裏を過り、逃げ出したい衝動に駆られる。


「言いたい事があるならばはっきり言うがいい。私は全て受け止めよう」


怒られる。そう思ったが、エゼルベルトは彼等の行動を咎めはしたものの、その先は直接己に言えと告げ、実際に今言う事があればと。彼等の返事を待つ。そんなエゼルベルトに対し、二人は気まずそうに互いを見遣り、『なんでもないです』と、踵を返してそそくさと去って行った。


「…………」


渡り廊下の先へ消えて行く後姿を見送り、組んでいた腕を解いてエゼルベルトは深い溜息を吐いた。分かっている。最大限の努力はしているが、それでも至らぬ所がある事を。彼等が言いたい事は尤もだ。もっと自分が前に出て、同志達を守っていれば。悔やんでも悔やみきれない事は幾らでもある。少しでも被害を、犠牲を少なくしようと努めても、帝国の力は強く、思う様には行かない。人より力はある筈なのに、この無力感は何なのか。男達が去って行った方角を見据えた儘、エゼルベルトは拳を強く握り込んだ。


「気にしなくて良い。あいつ等は何時もああだから」


そんなエゼルベルトの胸中を知ってか、知らずか。何時から其処に居たのか、エゼルベルトの背後に立っていた男が声を掛けて来た。長い黄金の髪に、異国情緒のある白い衣と、装飾品。気だるげな表情でエゼルベルトを見詰めるのは。


「イーグル」
「お前は良くやっているよ。上に立つ者が責められるのは、仕方のない事だ」


七賢人の一人、イーグル。エゼルベルトとの付き合いは長く、宮廷魔導師の中でも古参に数えられる実力派。気紛れな性格に難がある以外は優秀な、風の魔法使い。
一体どこから聞いていたのか。気配も無くやって来て、今までにエゼルベルトを含め誰にも悟られずに立っていた。盗み聞きとは良い趣味だと言おうとして、口を噤む。先程の男達の言葉を否定し、自身は良くやっていると言うイーグルの言葉に、多少なりとも安堵を覚えたからか。文句の代わりに深い溜息を吐き、それ以上は何も言うなとばかりに片手を上げる。


「会議室にもう全員集まっている。後はお前と私だけだ」


どうやら、イーグルはエゼルベルトを呼びに来たらしい。この後に控えているのは、七賢人による定例会議。近況報告と、戦況報告、そして今後の方針について話し合う。開始時刻まであと10分。今この場から向かって丁度間に合う頃合いだ。


「分かった。行こう」


先ずは、出来る事から、一つずつ。先程の男達の事は頭の隅に追いやり、エゼルベルトはイーグルと共に会議室に向かうべく歩き出した。




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