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王国を脅かす、自然界の理より外れた存在。数は少ないが、一人居るだけでも国の秩序は乱される。かつて王国は、たった一人の異端者によって滅亡寸前にまで追いやられた事があると言う。その人物が如何な能力を有していたかは分からないが、得体の知れない力は人々の脅威となり、恐怖のどん底に陥れた。
エゼルベルトの口からその単語を聞かされたノアは、僅かに表情を曇らせた。双方の間に、重い沈黙が流れる。言い辛い、答え辛い質問だ。だが、エゼルベルトには伝えなければならない内容でもある。
時間にして数秒。しかしその間は、実際よりも長く感じられた。ノアは深く息を吸い、気持ちを落ち着かせる様に吐き出した後、エゼルベルトを見詰め言った。


「貴方が居ない間に三人確認されました」
「裁判は?」
「もう終わっています。全員国外追放となりました」
「……そうか」


国外追放で済んだのは彼らにとって幸いと言えよう。王国は異端者の存在を許さない。平民、貴族、王族――どんな身分の者であれ、異端者である事が発覚すれば即刻裁判に掛けられ、良くて追放、悪くて死刑となる。例えその人物が人々の手本となる様な善人であっても、長年王国の為に尽くして来た者であっても。やり過ぎではないか、との声も勿論ある。けれどそれ以上に、王国の人々は異端者を恐れ、自分達の生活を守る為に排除すべき存在であると認識している。外の国では、異端者達の集う都市があると聞くが、信じられない話だ。しかもその都市は、他国に干渉しない『中立』の立場にあると言うのだから、全くもって理解し難い。


「まだ、この国には異端者がいるのだな」


叩いても叩いても、新たな杭が何処からともなく現れる。きりのない現状。以前よりは数が減っている筈だが、それでも全て駆逐するには至っていない。ノアの言葉を聞き、エゼルベルトは眉間に皺を寄せながら嘆息した。
エゼルベルトは精霊に愛された魔法使いとして、自然界と深い繋がりを持っている。それもあって、異端者の存在を誰よりも嫌悪していた。自然の理より外れる事が、どれほど罪深いものであるか。そして異端者は、その罪を自覚しているのか。


「……ゼル、異端者はなりたくてなるものではありませんよ」


エゼルベルトの心情を、ノアは誰よりも理解している。けれどノアの考えはエゼルベルトとは異なり、異端者であっても彼等は自分達と等しい『ヒト』であると認識している。誰もが、望んで異端者になる訳ではない。そして、望んで悪事に手を染める訳ではない。今回追放した異端者達だって、異端の力が発覚するまでは平凡な暮らしを送っていた一般市民だ。過去の悲劇を忘れてはいけないが、何時までもそれに囚われているのも良くないと思っている。故に、ノアは外の国――中立都市の存在も、受け入れられるべきものであると。そう考えているのだが。


「なるべくしてなったのだろう。そうでなければ、我々と同じ様に精霊に愛される筈だ」
「ですが、悪い人達と言う訳では……」
「悪い人達でない? その甘い考えで、お前は傷付いたではないか」
「……それは」
「あいつ等のせいで、お前の目は」


光を失いかけた。全て言い切る前に、エゼルベルトは拳を握り、歯を食い縛る。濁っているノアの瞳は、生まれながらのものではない。嘗ては透き通った、澄んだ海を思わせる様な美しい瞳であった。しかしそれは数年前、王国内でクーデターを起こそうとした異端者達の手によって傷付けられ、一時は何も見えなくなった。当時治療にあたった者達の手によって何とか失明は免れたが、瞳の色は濁り、遠くは勿論、近くのものですらぼんやりとしか見ることが出来なくなってしまった。思えば、その時からエゼルベルトの異端者に対する憎悪は強くなった気がする。ノアは仕方がなかったのだと、当時の情勢を思えば不可抗力であったと思っていたが、エゼルベルトはどうやらそう思わなかったらしく。激情を胸に秘める同志の姿を見て、ノアは返答に困り、眉を下げた。


「だが」


どう、声を掛けたら良いものか。ノアが悩んでいる間に、握った拳をゆっくりと解き、エゼルベルトは思考を切り替えるかに言葉を発した。


「もっと許されないのは生体兵器だ」


無差別に、無慈悲に。罪なき人々の命を奪う生ける兵器。理性や知性はほとんど無く、本能のまま殺戮を行う化け物達に成す術なく殺されて行く人々を、この目で何度も見て来た。


「そして、それを生み出す帝国が……最大の悪だ」


つつがなく、穏やかに。平和を過ごしていた王国に、戦争を仕掛けて来た帝国。勝利の為なら手段を選ばず、結果として、異端者よりも人道外れた存在を生み出した。より優れた個体を生み出す為に、彼等は今でも様々な生き物を――それこそ王国で捕虜にした人々を『実験』に用いていると言う。


「我々は勝つ。必ず、あの帝国に」


戦争は、終わらせなければならない。そして、生体兵器と言う存在を、この世から抹消しなければならない。そうしなければ、嘗ての平和は戻らない。
戦況は正直に言って芳しくない。生体兵器を相手に、王国の騎士団は押されている。エゼルベルトが最前線に立ち、鼓舞する事で騎士団は士気を高め、怯む事なく立ち向かっているが、この状況がいつまでも続けばじり貧となる。どうすれば良いか。打開案を模索しているが、答えは未だ出ていない。


「……議会が始まるので、先に行きますね。ゆっくりして行って下さい」


エゼルベルトの言う通り、勝たなければ王国に未来は無い。分かっているが、他に手は無いものか。根っからの平和主義であり、穏健派の筆頭であるノアは、彼の考えに完全に同意する事が出来ない。どうして、人は争うのだろうか。奪い、憎み、殺し合って。それで何になると言うのだろうか。甘い考えであると良く言われるが、武器を捨て、手を取り合い、支え合って生きて行くべきではないのだろうか。
返す言葉を誤魔化す様に。ノアはエゼルベルトにもう少し休んで行く様に告げ、食堂を後にした。




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