3

いつもの様に。その言葉を聞き、ノアは小さく笑いながら頷いた。
騎士団長エゼルベルトと、国王補佐官ノア。この二人は幼い頃より共にあり、長い間王国に仕えて来た。言ってしまえば幼馴染の関係で、誰よりも互いの事を理解していた。公の場では互いの立場を考え、相応の振る舞いをするが、人のいない所、信頼する者しかいない所であれば、その姿勢は崩すようにしていた。


「それで、ゼル。お昼ご飯は食べました?」
「いや、戦を終えて直ぐに帰って来たからな……と言うか、朝から何も食べていないんだ」
「おや」


戦場で食事を摂ることが難しいのは知っている。しかし、今日はもう戦いを終え、帰還するだけだった筈だ。急いでいたのか、それとも食料が不足していたのか。


「それはいけません。すぐに用意させましょう」


何も食べていないと言うのであれば、空腹である事は間違いない。腹が減っては戦は出来ぬと誰かが言っていた様な気がするが。騎士団長である彼が空腹と言うのは、由々しき事態だ。
エゼルベルトの返答を聞き、ノアは彼を食堂の方へ連れて行こうと、その手を取る。けれどエゼルベルトは、取られた手を振り払う事はしないものの、その場から動くのを躊躇する様に踏み止まった。


「いや、そこまでしなくても良い。この後城下町で適当に食べるさ」
「だめです」


城の者達にも、気を遣わせる訳にはいかないと。エゼルベルトはノアの提案を断ろうとしたが、返って来たのは即答の否であった。たった四文字の短い言葉であるが、ぴしゃりとしていて、身に響く。
何故、だめなのか。訊ねようとしてノアの顔を見れば、先程まで浮かべていた笑顔はなく、眉間に皺が寄った、少し厳しいものとなっていた。その表情を見て、エゼルベルトはぎくりと。僅かだが身を強張らせる。


「貴方はそう言って、この後溜まっている書類を片付けようと思っているでしょう?」
「う」


鋭い。分かっていたが鋭い。自身のこれからの行動を読まれ、エゼルベルトは返答に詰まった。彼女の言う通り、この後は城を留守にしている間に溜まっていたであろう書類に目を通すつもりだった。腹が空いているのかどうかと聞かれれば間違いなく空いているのだろうが、それよりも職務の方が気になって仕方がない。大臣は自分が留守の間、何事もなかったと言っていたが、それでも国の情勢の変化――たとえどんなに些細な事であっても――や、国民達の暮らしぶりはどうであったか等、知っておかなければならないと思う。
一度見せてしまった動揺はもう誤魔化せない。気まずそうな表情になるエゼルベルトへ、ノアは畳みかける様に言葉を続けた。


「それで書類業務に没頭して、下手をしたら夕ご飯も忘れてしまいます」


流石に一日何も食べないのはいかがなものか。王国最強の魔法使い、雷帝と呼ばれる英雄であっても、一人の人間だ。人間は食べなければ力が出ない。もっと言えば生きていけない。一日二日抜いた所で死にはしないだろうが、人々の上に立つ存在がそんな適当な状態であって良い筈がない。大体、帝都の中が安全であったとしても、何時どこで何が起こるか分からないのだ。体は常に万全の状態にしておいて欲しいと思う。いざと言う時に倒れてしまったら、元も子もないのだから。


「軽いものでも良いですから、食べて下さい。ね?」
「……分かった」


ずい、と。有無を言わさぬ調子で迫られてしまえば、最早拒否する事は出来ない。深い溜息と共に後頭部を乱雑に掻き、エゼルベルトはノアの提案を受け入れ、共に食堂へ向かう事にした。




「国内に変わりはないか?」


食堂で出されたシチューを口にしながら、エゼルベルトは先ほど大臣にも聞いた質問をノアに投げかけた。
エゼルベルトが戦の為に王都を留守にしていたのは二月ほど。その間、大きな事件やトラブルが――彼女の手を煩わせる様な事は無かったか。『国王補佐官』として、また大切な一人の友として、困る様な事は無かったか。


「ええ、特には」


エゼルベルトの質問に、ノアは食後の紅茶の準備をしながら頷いた。大臣が言っていた通り、国は戦中も乱れる事なく、平穏であったと。それを聞き、エゼルベルドは安堵の色を顔に滲ませた。大臣の言葉を信用していない訳ではなかったが、やはり彼女の口から直接聞いた方が、安心する。


「そうか」


なら、良い。言葉は口に運んだシチューと共に飲み込み、空になった皿にスプーンを置く。軽いものでも、と言っていたが、この食堂に来て出されたのはサラダにパン、ハムにシチュー、切った果物と、それなりにしっかりとしたものだった。食べきれるか、とも思ったが、腹は存外減っていたらしく。ノアの目の前で、エゼルベルトは全て平らげた。久しぶりのまともな食事だった。慣れた事であるが、戦の最中は食事が疎かになる。何しろ命を賭しているのだ。悠長に食事をしている余裕はない。その為、食べられる時に食べられるだけ食べる様にしている。味わってはいられない。ただ口の中に入れ、飲み込むだけ。空腹が満たされれば、すぐに戦場に戻る。『作業』と化していた行為を、こうして本来の在るべき状態で行えるのは、何とも有り難い。
食事を終え、空腹が満たされた所で。エゼルベルトはふと、思い出した様にノアへ声を掛けた。


「異端者は?」




[ 161/167 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -