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「腹が空いていた、と言うから大凡の予想は付いていたが。業務に滞りが出ない様にしろと、何時も言っているだろう」


シャベルの柄で自らの肩を叩き、長い溜息を吐く。兄弟の行動に呆れている、と言うのは分かるが、そのシャベルの先端に付着しているモノを見て、ニュクスは短い口笛を吹いた。
何の変哲も無い様に見えるシャベルの先端。其処には人間のものと思しき血と肉塊、それに髪の毛が付着していた。


「そう言いつつ、お前はしっかり片付けてくれているじゃないか」


異端の力で標的を倒したレライエと異なり、どうやらシトリーは持っているシャベルで標的を直接叩いたらしい。確かにシャベルの先端となる金属部分は硬く、武器として使えない事も無い。だが、それなら刃物の方が殺傷能力が高く、迅速に済ませる事が出来る様に感じられるのだが。
以前その事をシトリーに訊ねると、『宗教上の理由で刃物は持たない』と返って来た。それが真実か否かは分からないが、その言葉通り、シトリーは如何な時でも刃物は使わず、普段から仕事道具としているシャベルを得物とし、振って来た。余談だが、シャベルの先端は特殊な金属で出来ているそうで、通常のものよりも遥かに重く、一般人が日常生活で用いるには余りにも不便だと言う。
そんなシャベルに付着しているモノを払い落そうと、シトリーは柄を下ろし、地面を数度叩く。見た目からも分かりやすい、汚い水音と共に落ちて行く物体を暫しの沈黙と共に三人で眺めた。
そしてシャベルの汚れが粗方落ちた所で、シトリーがぼそりと言葉を紡ぎ。小さくも確かに聞き取れた内容に、血生臭くも緩い雰囲気を醸し出していた空気が張り詰めた。


「魔法使いに逃げられた」
「……は?」


俄かには信じ難い言葉だった。ニュクスは思わず間の抜けた声を上げ、レライエは少々驚いたとばかりに双眸を見開く。
何故、よりにもよって。大物である魔法使いを逃したのか。其処に居たのはシトリーのみである為、原因は分からない。雑魚が囮となり、その人物を逃したのか。或いは逆に雑魚を盾に逃げたのか。何れにしても現在の状況が芳しくない事は確かだった。奇襲で一気に殲滅するつもりだったが、一人でも其処で逃してしまえば意味は無くなる。


「おや。存外逃げ足が早かったか……お前が鈍臭かったか」


そもそもお前が仕事を真面目にやっていればこうはならなかったと。クスクスと笑いながら揶揄してくるレライエに対し、シトリーは無言でぎろりと睨み付ける。二人の間に流れる微妙な空気にニュクスは思わず一歩下がり、距離を取った。険悪、とまでは行かないが、穏やかな雰囲気では無い。
こんな所で仲間割れ――基兄弟喧嘩は止して欲しいと。そう思った矢先、三人を取り囲む様にして、火の気が無い筈の空間に炎が舞った。


「……炎の魔法使いか。厄介だねえ」


シトリーから視線を外し、自らの能力を以て応戦しようとしたレライエが相手の属性に気付き、眉を撓める。灯りの無い屋内を煌々と照らす炎はレライエの力の源となる闇を払い、辛うじて生み出される鴉も焼き落とす。
せめて屋外へ出る事が出来ればとも思うが、彼等の退路を断つかの様に、逃げたと思っていた魔法使いが建物の唯一の入り口となっている場に立ちはだかっていた。三人が会話をしてる間に気配を消し、近付いたのだろう。既に骸と化した者達は無能だったが、残った魔法使いだけは有能だったと言う事か。


「嗚呼、困った。食事も未だ途中だし、シトリーには怒られるし、魔法使いに襲われるし……」
「だからお前が最初からしっかり仕事をしていればこうはならなかったと」
「はいはい、悪かった。悪かったよ」


冗談のつもりで言ったのに。説教攻撃を避けようとシトリーを遮る形でレライエが言い、場を和ませる為におどけ、両手を振って見せる。
それでも、危機感の所為か彼の表情からは余裕が感じられない。炎の壁は先程よりも距離を詰め、迫って来ているのが分かる。一人一人を一気に倒すのでは無く、時間を掛けてでも同時に始末しようとしている敵の選択は、懸命と言える。幾ら魔法使いが異端者と相性が良いと言っても、同時に倒そうとすれば如何なるか、考えるまでもない。


「手伝ってやろうか?」


レライエの能力が無力化された事により、どうやって魔法使いを倒すべきか。シトリーがシャベルの柄を撫でながら悩んでいると、ニュクスが隣に立ち、彼の肩を叩いた。
炎の壁に阻まれている今、魔法使いに近付く事は容易では無い。しかし、魔法使いが建物の崩壊を考慮し、加減している為か、炎の温度は決して高いとは言えない。生身の人間が抜けるには厳しいが、ニュクスの銃ならばその壁を突破し、彼の頭を撃ち抜く事が出来る。


「必要ない」


現状最も有効と言える手段であったが、シトリーは静かに、しかしきっぱりと提案を断った。ニュクスに一瞥もくれず、ただ目の前で此方を蒸し焼きにしようとしている魔法使いを見詰める。様子を伺っている、と言うよりは何かを計算している様に見えたが、ニュクスには意図が分からない。一体如何しようと言うのか。
レライエはシトリーの心算を把握した様で、何も言わずに笑みを浮かべ、彼がやらんとしている事を見守る。


「おい、何考えて……」


迫る炎の熱気に耐えかね、ニュクスがシトリーに訊ねようとした瞬間。
シトリーは持っているシャベルを大きく振りかぶり、目線の先に立つ魔法使いへ向けてそれを勢い良く――投げた。


「……――!?」


空気抵抗を物ともせず、重い物体であるにも関わらず、シトリーが投げたシャベルは炎の壁を越え、真っ直ぐ魔法使いの元へと向かい、その頭部に直撃した。
ごつ、何かが潰れる音と共に魔法使いの体が其処から後方へ吹っ飛び、外の地面に落ちる。相当勢いが有った様で、その体は落ちた後も地面を擦り、先に有った建物の壁に激突する事で漸く止まった。
ニュクスがそれを視認するのと同時に、周囲を取り巻いていた炎が弱まり、消えて行く。先程よりも遠い所へ飛ばされた魔法使いの頭部にはシャベルの先端が突き刺さっており、見るも無残な状態となっていた。顔は原型を留めておらず、眼球は零れ、更に骨が砕けた箇所から脳と思しき物体が見え隠れしている。ジェレマイアがこの場に居れば、間違いなく嘔吐していただろう。




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