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「お帰りなさいませ、エゼルベルト様。ご無事で何より」


騎士団の帰還と任務の完遂を報告し、廊下を歩いていたエゼルベルトはその先に居た老人――この国の大臣に声を掛けられ、足を止めた。背丈は長身であるエゼルベルトの肩に届くか否かと言った所。シンプルであるが小奇麗なローブに身を包み、それぞれの手に分厚い書物と杖を携えている。顔は皺だらけで、長く蓄えた髭が特徴的だった。齢で言えば70過ぎ、もしかしたら80になるかもしれない。


「変わりは無いか?」


既に彼に声を掛けれられる事を予測していたエゼルベルトは、迷うことなく彼の元へと歩いて行き、自分達が留守であった時の国の状況を訊ねる。



「は、国内に大きな変化は御座いません。これもノア様のお力があっての事」


国を、王都を守る騎士達が留守の間、国内は落ち着いていたと。老人は深く頷き、微笑む。戦況は一進一退、決して芳しくはないが、国政に関しては戦前と同様に安定しており、人々は穏やかに過ごしている。国を揺るがす様な犯罪や内紛、災害も無かった。国内は平和そのものであったとし、それ等は全てある人物のお陰であると。その人物の名を挙げ、エゼルベルトを見上げた。


「……ノアは何処にいる?」
「この時間ですと、庭園にいらっしゃるかと」


時刻は昼過ぎ。太陽が西の方角に傾き始めた頃合い。昼食の時間は過ぎ、もう少しすれば議会が始まる。多忙な『彼女』にとって、貴重な空白の時間。きっと、大好きな花の手入れをしている筈。
大臣の言葉を聞き、エゼルベルトは『そうか』と呟くと、彼の横を通り抜け、その人物が居ると言う庭園に向かった。





城内の庭園には様々な花が咲いている。それらは観賞用であったり、薬用であったりと、用途はそれぞれ異なる。
広々とした空間は日頃からお抱えの庭師が入っている為、整えられた状態であるが。そんな中でも、『彼女』は眼下で咲き誇る花を愛で、一つ一つが美しくある様に手入れをしている。


「ノア!」


庭園に足を踏み入れたエゼルベルトは周囲を見渡し、目的の人物の姿を探す。そして直ぐに、庭園の中央にある噴水の傍に佇む姿を見つけ、その名を呼びながら其方へ向かった。
名を呼ばれた人物は、その声を聞いてゆるりと、緩慢な動作で彼の方へと振り返った。艶やかな濡れ羽色の髪に、深い蒼の双眸。整った顔立ちであるが、どこか薄幸そうな、儚げな印象を与える。女性にしては長身で、体のラインを隠す様に、白と黒を基調としたローブを身に纏い、片手に白銀の杖を持っている。
彼女が、エゼルベルトが留守の間、王国を守護していたノアその人だった。王国の国王補佐官。大臣と共に王に任命され、国の政を担う宰相。また、エゼルベルトの様に騎士として剣を持つことはないが、彼同様に魔法使いの素質を持ち、その力を普段は国の為に活用している。


「エゼルベルト。戻って来たのですね」
「ああ、先ほどな」


大股で歩いて来るエゼルベルトの姿を確認し、ノアは微笑み、彼の名を呼ぶ。鈴を転がす様な声とは、彼女の声の事を言うのではないか。とても心地良い、澄んだ声で紡がれる言葉に、エゼルベルトは目を細める。穏やかな博愛主義者。全てのヒトを平等に愛し、誰かの幸せを喜び、誰かの不幸を悲しむ。常に人々に寄り添う人柄は、国民にも慕われ、エゼルベルトと共に指導者として絶大な支持を得ていた。


「その様子ですと、今回も無事に?」
「……無事に、とは言えないな。やはり負傷者は出る。だが、死者は出なかった。重傷者には、医療班が治療に入っている」
「そうですか……それなら良かった。エゼルベルト、貴方も良く頑張りましたね」


お疲れ様でした。エゼルベルトの返答を聞いて、ノアは安堵の表情と共に労いの言葉を投げかけた。今回の戦は、今までの戦より激しい戦闘になると聞いていた。戦地に向かう騎士達も騎士団の中で選りすぐりの精鋭で、皆が死地で朽ち果てる覚悟を持っていたとも。結果、今回の戦は完全勝利とまでは行かずとも、国境付近の防衛に成功し、全員生還という奇跡を齎した。全ては、騎士団長であるエゼルベルトの采配と実力あってこそだろう。
褒められるのは嫌いではない。例えそれが、当然の結果であったとしても。

ただ。


「……ノア、此処には俺とお前しかいないんだ。いつもの様にしてくれ」


何だか、むずむずする。騎士団長として、国を守護する者として、対等な立場ではあるが。自分達の関係はそれだけではない。公の場であるならば致し方ないが、此処はそうではない。ならば、互いに気楽になるべきだと。周囲に本当に誰も居ないことを確認し、エゼルベルトは眉尻を下げながらノアに要求した。


「ふふ、分かりました」



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