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大陸の北東に位置する小国――ディルティア王国。
『王』が治めるその国は、領土で言えば帝国の四分の一程。しかし小さいながらも自然に恵まれた豊かな土地で、他国とは異なる独自の文化を発展させていた。文明の力(りき)は帝国や周辺国よりも遅れているが、彼等は自然界に通じ、どの国よりも『魔法』と『魔術』に長け、暮らしの中に取り入れていた。
昔から他国と争う事を良しとせず、中立に近い立場であったが、数十年前に帝国が侵略して来た事で状況は一変。一方的に攻めて来る帝国に支配されまいと、王国は抵抗し、今日に至るまで熾烈な争いを繰り広げている。


「第七騎士団が帰還した! 門を開けろ!」


城壁に囲まれた王都・エレアトル。
戦場に最も近い西の門を守護していた兵士達は、遠方より近付いて来る馬と、それに跨る騎士達の姿を確認し、開門の合図を送った。


「開門!」


兵士達の叫び声と共に、閉ざされていた城門は重い音と共に動き出し、戦から帰還した者達を受け入れるべく、開かれる。
門が完全に開き切ると、騎士達は馬に乗った状態で其処を潜り、王都へと入って行った。


「無事に守り切ったか」
「ああ、良かった。今日は祝杯だ」
「ありがとう御座います、騎士様」


戦場から王都へと帰還を果たした騎士達の姿を見て、人々は手を合わせ、祈りを捧げる。
帝国の侵略により、かつては王国各地にあった町や村もほとんどが壊滅状態となり、行政がまともに機能しているのはこの王都のみとなった。国王に忠誠を誓う騎士達は、王都と言う名の最後の砦を守る為、そこに住まう人々の安寧の為、帝国と戦い続けている。戦う術を持たない民達にとって、自分達の為に戦ってくれる騎士達は崇拝の対象だった。彼等が居てくれるから、自分達は今日も生きる事が出来る。
ありがたい、ありがたいと。目の前を通り過ぎて行く騎士に頭を下げ、更にその後から現れた一人の騎士を見て、人々は感激の声を上げた。


「エゼルベルト様!」
「雷帝だ! 雷帝が戻られたぞ!」


列の最後尾付近、先を行く騎士達を見届ける様にして進む騎士。
深紫の髪に、同色の瞳。他の騎士達よりも豪奢な鎧と外套を身に纏い、白馬に跨る男。明らかに他の騎士達とは異なる、堂々とした佇まい。


「騎士団長様! エゼルベルト様!」


その男が通り過ぎる瞬間、人々は一層沸き立ち、拍手と共に彼を見送る。喝采の対象となった騎士は人々の方を見遣ると、手綱を握る手を持ち上げ、軽い会釈を送る事で応じて見せた。

騎士団長・エゼルベルト。
第一から第七まである騎士団を総括し、彼等の守護者として戦場に立つ英雄。
その実力は国一番と誰もが認め、剣で敵う者はいないとされている。また、知略に優れ、彼が指揮を取る作戦は大胆かつ繊細で、今までに数えきれない程の勝利を騎士団に齎した。
騎士として十分過ぎる力を持ちながら、彼は更に魔法使いの素質も有していた。それも、全ての属性の中で最も扱いが難しいとされている、雷の力を持った魔法使い。彼は自らの剣技に魔法の力を合わせた独自の戦闘スタイルを確立し、一騎当千の強さを誇る。

敗北を知らない、超人的存在。人々は畏敬の念を込めて、彼を『雷帝』と呼んだ。


「エゼルベルト様が居れば、いつか帝国に勝てるんじゃあないかねえ」
「勝てるに決まってるさ、帝国軍なんて目じゃねえぜ」
「でも、帝国も何だか危険な『せいたいへいき』を開発したって聞いたわ」
「そんなのにエゼルベルト様がやられると思ってんのか?」
「ううん、でも……」


彼等に聞こえない場所で、人々はひそりひそりと囁き合う。分かっている。相手は大国だ。自分達の様な小国がこうして渡り合っている事自体、奇跡と言って良い。帝国と王国では全てが違う。国土も、富も、人力も、何もかも。開戦してから数十年。戦況は膠着状態と聞くが、いつ動いてもおかしくはない。王国側で何かが欠けた時、帝国は一気に攻め込んで来るだろう。その時、自分達は果たして生き延びる事が出来るのか。雷帝の力で、何とかなるものなのか。
漠然とした不安。それはきっと、王国が勝利を収めなければ消える事は無いだろう。しかしその勝機があるのかと問われれば、分からない。全ては、国を支える騎士達の手に掛かっている。自分達は今までもこれからも、彼等に祈りを捧げながら暮らすしかないのだ。
騎士達が城の方に向かい、去って行くのを見送ると、人々は何事も無かったかの様にそれぞれの日常へと戻り始めた。




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