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「また、出かけるのかね」


研究室の扉を開いたユリシーズは、其処でせっせと荷造りをしているレイの姿を見付け、声を掛けた。
キャンプ用品一式、発掘用の道具一式、専門書の山、筆記用具――様々なモノが机の上に並べられ、レイはそれ等を一つ一つ丁寧に纏め、バッグやリュックの中に詰めている。
筆記用具以外は大学ではほとんど使わなさそうな道具であるが、ユリシーズはそれ等が何の為に詰め込まれているのか、直ぐに分かった。


「やあ、ユーリ。丁度良かった、手伝ってくれないかい?」
「……構わないが」


ユリシーズに声を掛けられた事でその存在に気付いたレイは、彼の方を見遣ると片手を上げて応え、そのまま手招きをする。手伝ってくれ、と言うのはこの荷造りの事だろう。既に幾つか纏められた荷物があるが、それだけではまだ足りないらしい。


「今回の『調査』は大掛かりなものになりそうなんだ。だから、持って行く物も多くなってしまってね」
「それでは、不在期間も長くなると」
「うん、当分は戻って来ないかな。一応、学長には届け出をしたんだけど」


レイの本業は考古学者だ。普段は非常勤講師として大学に勤務しているが、本業の仕事が入って来るとこうして休暇を貰い、調査に出掛ける。聞いた話によると、中立都市では名の知れた考古学の研究機関に所属し、其処からの依頼を受けて、各地の歴史的に価値のあるモノを調査しているのだと言う。大学の非常勤講師、考古学者、そして情報屋。どれも片手間で出来る仕事ではないが、良く並立させていると。ユリシーズは感嘆の吐息を洩らし、再び訊ねた。


「今度は何処へ行くのかね?」
「国境地帯だよ。研究所の跡地を見付けてね」
「研究所?」
「そう、百年位前のかな。帝国の生体兵器の開発に深く関係しているらしくて」


大発見かも知れないんだと。レイは笑いながら言った。生体兵器。名前は知っているし、完成型と呼ばれる存在にも会った事がある。けれど、ユリシーズは彼等の事を良く知らない。人の手によって肉体強化され、植え付けられた破壊衝動に従い、殺戮を繰り広げる生ける兵器。彼等がどうやって生まれたのか、どの様にして進化を遂げて来たのか。疑問に思った事はあったが、知る術は無かった。


「しかし、国境地帯は危険では?」
「大丈夫、安全確認は済ませてあるよ。もし誰かに襲われても、自分の身は自分で守るさ」


そう言ってレイはテーブルの上に置いてあった拳銃を手に取り、掲げて見せた。護身用として持って行くのだろう。腰に装着しているホルスターへそれを収め、更に拳銃の横に置かれていた大ぶりなサバイバルナイフを持ち、ユリシーズの目の前で軽く振るう。確かに、身を守る為の最低限の武器と技術はある様だ。


「貴公がそう言うのであれば……」
「ふふ、君って心配症だよね」


それでも、何故だか。レイがその地に出向く事に対し、ユリシーズは何故か漠然とした不安を抱いていた。今までに彼が調査に向かい、危険な目に遭ったと言う話は聞いていない。元々用心深い性格で、事前の下調べを徹底して行った上で調査に向かっている。今回もそうしているし、何の問題もない筈――なのだが。
何か言いた気な、すっきりしない表情で言い淀むユリシーズを見て、レイは小さく笑い、手を伸ばしてその頭を優しく撫ぜる。子供扱いしている様にも取れる行動だが、何しろユリシーズの方がレイよりも背が高い為、何とも言えない奇妙な光景に見える。


「……無事に帰って来たまえ。怪我をしていたら、説教だよ」
「君の説教は長いから嫌だなあ」


長い付き合いの友を信用していない訳では無い。ただ、この不安は何なのか。第六感等と言うものは正直あてにしていないが、もしかしたらと思うと気が気でない。神妙な面持ちでいるユリシーズに対し、レイはただ困った様に笑いながら頷き、再び荷造りの作業に取り掛かった。




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