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「お前にも、少し外の知識を付けて貰おうと思ってね」


いつも閉ざされた空間に居て、外に出ても僅かの時間。浮世離れしてると言える状態は、帝国の今後を考え、良くないと思ったのか。それにしては随分と急な話の様な気もするが。
取り敢えず、ユーベルと同じ高さの視線になろうと。ラヴィーネは上体を起こそうと体に力を籠める。魔法使いとしての素質が異常に高いラヴィーネの身は、膨大な魔力を制御しきれず、常に一部が外部に漏れ出ている。暴走している訳では無いが、湧き水の様に溢れ出る力は冷気となり、周囲の温度を下げる。更に、眠っている間も力は溢れ、数時間と経たぬ内に全身が自身の身から生れ出た氷によって覆われる。普通の生き物ならば確実に凍死している状態。それでも平然としていられるのは、生体兵器としての生命力が魔法使いの力と上手く適合しているからか。
ゆっくりと上半身を起こせば、体を覆っていた氷にひびが入り、ぱきぱきと音を立てながら崩れて行く。下半身はまだ氷の中だが、これで何とか、ユーベルと視線を合わせやすくなった。


「お前の力は確かに強い。純粋な戦闘能力で言えば、王国の宮廷魔導師など足元にも及ばない」
「はい」
「だが、奴らは賢い。力比べで勝てないとなれば、ありとあらゆる戦術を用い、お前を倒しに来るだろう……だから、お前にも知識が必要なんだ」


そう言って、ユーベルはラヴィーネの頭を撫でた。並の軍勢であればごり押しが出来るが、彼と同じ魔法使いで、彼よりも賢い者達が相手となれば、状況が変わって来る。宮廷魔導師は王国の精鋭。全員が魔法使いであり、少数ではあるが、その強さは一人で帝国の一軍分になるとされている。彼等の強さは、魔法使いとしてだけでなく、軍師としても優れている所にある。


「エゼルベルトに勝てとは言わない。だが、七賢人の首を取る位には、なって貰わないとね」
「えぜ……しちけんじん?」


普段聞かない言葉を聞かされ、ラヴィーネは困惑し、眉を下げる。軍に所属する者達なら皆基礎知識として叩き込まれているものだが、ラヴィーネには分からない。レーレやグルートに聞けば、分かるだろうか。


「これから知る事になるよ」


そう言った知識を得て、見聞を広げる為の、偵察なのだと。ユーベルは彼の頭を撫でていた手をその儘下へと持って行き、耳の輪郭をなぞり、更に顎を掬って上向かせる。不気味な程に整った顔。完成された美、と言えば聞こえは良いが、美し過ぎるものと言うのは不思議と得体の知れない恐怖を感じる。ラヴィーネ自身、表情の変化が殆ど無いから、尚更に。


「次の戦いに勝つことが出来れば、我々の大陸統一はまた一歩進む事となる」


帝国は、大陸の支配を、統一を目指していると言っていた。嘗て群雄割拠であったこの大陸は、帝国が軍を上げた事により少しずつ変わって行った。小国であった帝国は、近隣の国々を侵略し、制圧し、支配下に置くことで勢力を拡大して行き、やがて大国となった。今や大陸のほとんどが帝国の掌中にあり、残っているのは小国でありながら未だ屈しない王国と、中立を謳う都市だけだ。
そしてその王国は近年、少しずつ帝国の勢いに押され始めている。傍から見れば帝国が優勢であるが、王国の粘り強さと内に秘めた力は計り知れない。少しでも気を抜けば、敗ける。故に油断はせず、堅実に攻めて行かなければならない。


「帝もそれを望んでいらっしゃる。 ……しくじるなよ?」
「はい」


代々国を治める王ーー帝。
公の場に姿を見せる事はほとんどなく、多くが謎に包まれたヒト。ラヴィーネ自身、会ったこともない。どんな人なのかも分からないが、ユーベルは帝に心酔し、絶対の忠誠を誓っている。帝に対し、失礼な事、侮辱する様な事があってはならない。もしそれがユーベルの目に留まれば、不敬であるとし、即刻粛清される。実際に、ラヴィーネは帝を侮辱したとして、ユーベルが配下の兵士達を自らの手で殺めたのを見た事がある。きっと自分も、何かやらかせば『そうなる』のだ。慎重に対応しなければなるまい。


「全て終わったら、お前達を自由にしてやる。だからしっかり働きなさい」
「……はい」


その言葉、本当に信じて良いのだろうか。
生まれながらに兵器であり、殺戮の道具として今まで扱われて来た。自分も、弟達も。人権なんてものは無かった。ましてや、自由などと。
戦争を終え、帝国が大陸唯一の国となった、その暁には。自分達兄弟は兵器としての役目を終え、『人』として生きる事を許されるのだろうか。それがどんな事なのか、ラヴィーネには良く分からない。しかし、弟であるグルートとレーレはその事に強い執着を示していた。自由になったら、街に出ようだとか、美味しいものを食べようだとか、海に行ってみようだとか。特にレーレの方が自分に語っていたのを思い出す。自由。それはとても素敵な事なのだと。だから、今は耐えようと。レーレが自分の手を握り、誓う様に、言い聞かせる様に。弟が言う事なのだから、きっとそうーー素敵な事なのだろう。
今はただ、従うだけだ。自分はこの先どうなろうと構いはしないが、弟達が喜ぶのなら、未来に夢を見ても良いかもしれない。胸元で拳を握り、小さく息を吐き出すと、ラヴィーネはユーベルに促される儘、部屋を出るべく立ち上がった。




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