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夢を見ていた。
生体兵器としての活動を終え、休眠状態に入ると良く見る夢だ。周囲には真っ白な花が一面に咲き誇り、目の前には人が立っている。長い髪。自分よりも小柄で、細い体。顔はぼやけて良く見えないが、恐らく女性であろう。
敵ではない、と思う。敵意や悪意は感じられなかった。寧ろ、その人が纏う空気は穏やかで、優しく、全てを受け入れるかの様に温かかった。
その人が此方を見て、手招きをする。おいで、と。その人が言った気がした。誘われるまま、そちらに歩いて行き、差し伸べて来る手を取ろうとしてーー


「起きなさい、ラヴィーネ」


手と手が触れる直前で、意識は現実に引き戻された。
目を開くと、其処には歪な笑みを浮かべる上官が居た。軍の最高指揮官にして、自分の生みの親。冷酷、残忍、無慈悲と。下の者に囁かれ、畏れられている、悪魔の権化。


「ユーベル、さま」
「良く眠っていたね。お前を起こすのに、私が何回呼んだと思う?」


仕方のない子だ。口調は穏やかであったが、ラヴィーネには分かった。怒っている。この男は、ユーベルは自分の思い通りにならない事があると直ぐに不機嫌になる。眠りについていたラヴィーネが、一度声を掛けただけでは起きなかったのが気に入らなかったのだろう。口元は弧を描いているが、目元は全く笑っていない。


「……もうしわけ、ございません」


最強の生体兵器として、数多くの敵を屠るため。戦場に立ち、内に宿る力を解放した後。ラヴィーネは疲弊し、体力と魔力を回復させる為に休眠状態に入る。休眠期間は疲弊の度合いにもよるが、最低でも数日は眠らなければならない。そして、一度眠りにつけばそう簡単に起きない事は分かっている筈なのに。言い掛かりも良い所である。
しかし、下手な言い訳は彼の神経を逆撫でするだけだ。過去の経験からラヴィーネは学習し、素直に謝罪の言葉を口にした。体に残る疲労感からして、眠りについてから経過した時間は二日か三日程か。出来る事なら、あと五日程眠りたかったが。
ユーベルとて、ラヴィーネの状態を理解していない訳ではない。完成型の、最強と謳われるラヴィーネの力を存分に発揮させる為には、ある程度の休息が必要だ。実際、今までにこうして休眠中のラヴィーネを起こす様な真似はしなかった。


「口答えをせず謝れるのは良い事だ。よろしい」


グルートやレーレであれば、此処で軽く噛み付いてきただろう。生みの親であるユーベルに対し、彼等はいつも反抗的だった。態度が気に入らないだとか、自分達をこき使う割に労わないだとか。特にグルートの方が良く愚痴っていたのを思い出す。しかし歯向かった所で、主であるユーベルに敵う筈も無く。いつも返り討ちにされ、他の兄弟ーー大体自分ーーに泣き付いていた。大人しくしていれば、痛い目を見なくて済むと言うのに。いつまでも反抗的な弟達の姿に、ラヴィーネは疑問を抱いていた。自我はあっても、命ある者でも、所詮は兵器。兵器は使われる為にあるのだと、ラヴィーネは信じて疑わず、それに対しグルートとレーレはそんな事はないと反論した。全くもって、理解が出来ない。
ラヴィーネの謝罪する姿に、ユーベルは多少なりとも気を良くしたのか。浅く頷き、薄い氷の張り付いているラヴィーネの頬を撫でると、彼を起こした理由である用件を切り出した。


「この間働いて貰ったばかりだけれど、また出番だ。」


それは、急ぎ稼働しなければならない程の戦なのか。ユーベルの言葉を聞き、ラヴィーネは不思議そうに瞳を緩く瞬かせる。最近戦場に駆り出される頻度は確かに増えて来ていた。増えて来ていたが、必要最低限の休眠は確保されていた。それが此処に来て、どうして。


「嗚呼、安心しなさい。今回はお前の力は使わない」
「……え」


言われた言葉の意味が分からず、間の抜けた声を上げる。


「お前には、国境地帯の偵察を行って貰う」
「ていさつ?」
「そう。単独でね」


そんな事の為に、ユーベルはわざわざ自分を起こしたのか。大体、偵察なんて自分でなくても出来る人間はいくらでも居るだろうに。自分が抜擢される理由が分からず、ラヴィーネは困惑の色を滲ませた。自分は生体兵器としては優秀だが、それ以外の事はさっぱりだ。レーレの様に優れた頭脳を持っていれば、或いはグルートの様にヒトの暮らしに溶け込めていれば、多少は違ったかもしれないが。


「なぜ、わたしが?」


しかも、単独で行えと言った。自殺行為も良い所だ。偵察を行う為の知識なんて持ち合わせていないし、今まで連れて行かれた場所で力を発揮する事しかしなかった。土地勘なんてものは皆無であり、一人放り出された所でまともに動けやしない。




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