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クローン技術。
リュウト達と行った研究所跡地の光景が脳裏を過る。残されていた資料や、意味深な言葉を残して行ったナハト。あの研究施設が生体兵器量産の為の研究をしていたのは間違いない。そして、思っていた以上に古い時代のものであった事も。
クローン技術について、詳しい事は知らない。生き物の遺伝子を利用して、オリジナルと全く同じか、それに限りなく近い個体を生み出すと言う程度の知識しかない。けれどそれが、その技術が生体兵器量産の為に研究されていたとなれば、納得も行く。


「クローン……クローンなあ……」


ただ、何だろう。言葉では説明できない、妙な違和感を覚える。
研究施設を訪れた際は、特に何も感じなかった。ナハトと会い、戦った時も。
問題はその後、資料室らしき場所で見た、クローンに関する書籍と、研究所に所属していたと思われる名簿を見てから。胸の内に何とも言えないもやもやが生まれ、何故だか懐かしい様な気持ちになった。その場所の事は知らない、筈なのに。


「やっぱりお前、何かあったんだろ」


歯切れの悪いニュクスの反応を見て、マスターが眉を顰める。明らかに、何時もと違う。心ここに在らずと言うか、何処か遠くを見る様な、ぼんやりとした状態。普段なら店に来て直ぐに料理と酒を注文し、煙草を吸い始めるのに、声を掛けてからも何も注文せず、メニューを開いた儘。煙草に関しては、箱からは取り出しているものの、口に咥えただけでライターを取り出そうともしない。


「はっきり何かとは言えねえ……でも、引っ掛かるモンがあってよ」


正直、自分でも良く分からないのだと。ニュクスは苦笑し、漸くライターを懐から取り出し、煙草の先端に近付ける。直ぐに先端には火が点り、嗅ぎ慣れた香と共に煙が漂い始めた。その後、開いてあるメニュー上に記載されているリブロースステーキとアルコール度数が低めの酒を注文し、足を組んで頬杖をつく。


「何だろうな。俺、あの施設の関係者だったりするのか」
「流石にそれは無いだろう」


何年前のものだと思っているのか。ニュクスが冗談交じりに口にした言葉を聞き、マスターは即座に否定した。何せ百年前の建造物だ。ニュクスが百年前に生きている訳が無い。関係者である可能性を考えるならば、其処の研究員の子孫だとか、その線になるが。


「……昔の事、だもんな」


マスターに否定され、ニュクスが僅かに苦笑する。昔の事。それがニュクスには分からない。それこそ、自らの出自すら、分かっていない。中立都市に来る前の記憶は無い。気付けばこの中立都市に居を構え、暮らしていた。誰かにその事実を伝えた事は無い。伝える必要も無かった。基本的に、この都市では皆、他者に深く干渉する事を避けている。何しろ、住まう者のほぼ全員が『ワケアリ』なのだから。ニュクス自身も、そうなのだろうと勝手に思い込み、自らの事を深く考えた事も無かった。


「なあ、マスター。またあの研究所に行く事は出来ねえか?」


それこそ、何かに対し懐かしい、と思った事も無かったのだ。だが、薄らとだが、あの研究施設でそんな感情が胸の底に湧いた。初めての事だった。
もしかしたら、あの施設は自分に何かしらの関係があるのではないか。もしそうだとしたら、今一度調べてみたいと思った。


「あんまり勧められねえな」
「……そうか」


けれどマスターからの回答は、冷たく突き放すものだった。理由が何かは、大体分かる。あの研究施設を調べる為、その為に不穏分子の排除をして欲しいと、マスターに依頼して来たゼロ。あの地に再び赴けば、秘密主義を貫く彼の人物と接触する可能性がある。そうなればマスターの信用問題に関わるし、そうでなくても国境付近で危険な地域だ。帝国軍が現れる可能性だってある。厄介事は、出来れば避けたい。


「まあ……また機会があればって所か」


気になる事柄ではあるが、急ぐ必要は無い。自分の事が何か分かった所で、今までの生活が変わるとは思えないのだから。
ニュクスが普段の笑みを浮かべたのを見て、マスターは頷き、黙って注文された肉を焼く作業に入った。




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