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「冴えない顔をしているな」


深夜。
簡単な仕事を終え、その報告にやって来たニュクスに、マスターは声を掛けた。今日会うのはこれで二度目。一度目の、仕事を請け負う為に来た際も同じ様な表情であったが、不機嫌とも異なる顔をしているニュクスに疑問を持ったのか。席に座る様に勧めながら、何かあったのかと問う様な視線を投げ掛ける。


「別に……何もねえけど」


マスターに勧められる儘、いつもの席に腰を下ろし、ニュクスはゆっくりと頭を振る。請け負ったのは南エリアの要人の護衛。南エリアの悪党達に目を付けられていると言う要人が参加する催事中、ずっと付いていて欲しいと。比較的良くある仕事内容で、報酬も悪くなかった為、一人で請け負った。その後、トラブルも無く規定の時間まで過ごし、予定よりも早い時間に帰る事が出来た。順調に事が運び、ストレスも無い、ベストな状態。報酬も上乗せされ、気分は上々――の筈だった。


「どうにもすっきりしねえって面だぞ」
「…………」


あれから二週間になる。
リュウト達と共に、レイの依頼を受け、向かった研究所跡地。予想外の出来事はあったが、依頼内容であった不穏分子の排除は無事に済み、中立都市に戻って来た。その後、リュウトはいつもの様に酒を持って何処かへ消え、ジェレマイアも自宅に帰り、リュウトに良く似た男は行くあてもないからと、マスターの元に留まった。店の手伝いをしているらしいが、今日はその姿が見えない。休みを貰っているのだろうか。
特に問題なく終わった仕事。ただ、ニュクスの中には何とも言えない蟠り(わだかまり)が残っていた。


「あまり気にした事が無かったんだけどよ」


常連の些細な変化も、マスターは見逃さない。やはり、と言うべきか、彼の目を誤魔化す事は出来ないと。ニュクスは短い沈黙の後、小さな溜息を吐き、マスターに訊ねた。


「帝国の生体兵器に関する研究ってのは、何時頃から続いてんだ?」


けれど、いきなり本題をぶつける事はしない。回りくどいと言われそうだが、口にした疑問も気になっている事の一つである為、どちらにせよ教えて欲しい。
普段、当たり前の様に口にしている、帝国の生体兵器。生ける兵器で、通常の人間よりも遥かに強く、特に完成型は天災と呼べるほどの脅威になると。それは知っている。知っているが、それ以上の詳細をニュクスは知らない。今まで知ろうとも思わなかった。


「大体百年前からだと聞いている。王国の前身となる国が魔法の理論化に成功した頃とほぼ同じだな」
「……へえ」


歴史に関しては疎い。中立都市の起源ですら、軽く聞いて薄らと覚えている程度だ。世間では当たり前の様に語り継がれている事でも、ニュクスは知らない事の方が多い。当然、マスターが語った内容も初めて聞くもので、興味を示す様に視線を彼に向け、続きを促す。


「当時の生体兵器のクオリティは高くなく、強靭な肉体を持っても知能が低い個体ばかりだったそうだ。無論、魔法を扱える個体などいなかった」


完成型が生まれたのは、それこそつい最近の事。百年前は魔法や魔術も未発達だった為、それらを生体兵器の中に組み込む事は不可能だった。知能も知性も無い、けれど殺戮本能に忠実な生体兵器は、ヒトが使役するよりも敵地に直接ばらまいて蹂躙させるやり方を取っていたと言う。そしてそれは、知能と知性が大分向上した今でも用いられており、軍隊を割くには惜しい場所――武装していない村等に放たれている。


「生成の仕方は今と変わらない。生体兵器同士、或いは他の生き物との交配。それか生き物に生体兵器の細胞を移植させ、変異させる。交配はヒトを用いた方が成功率が上がったらしい」
「……あんまり考えたくねえな」


今でも時折耳にする、帝国の捕虜となった王国の者達の末路。普通に処刑されれば良い方で、大体は生体兵器との交配を無理やりさせられる。男も女も、その種と器を差し出さなければならない。特に女の魔法使いは酷いもので、死ぬまで生体兵器達の精の苗床となると言う。余りにも非人道的で、目を、耳を塞ぎたくなる様な惨劇。それが昔からずっと続けられているのだと言うから、狂っている。


「あと、効率的に生体兵器を量産する為の研究も同時に進められていた」
「量産?」
「簡単に言っちまえば、上手く行った個体の『コピー』を作る研究だ」
「…………」




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