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魔術と魔法が確立されたのは、今から百年程前だと言う。
当時はまだ中立都市はおろか、帝国も王国も存在しなかった。群雄割拠の世。各地で力ある者たちが人々を束ね、領地を広げようと小競り合いを繰り広げていた。
そんな中、ある国で自然界の精霊と通じる力が発見された。精霊の力を借りる力は『魔術』とされ、その恩恵を得ようと多くの者が研究を進めた。やがて自然界には六つの属性があり、炎、水、氷、雷、地、風が世界を構築する上で大切な基礎属性とされた。
どうすれば魔術を上手く扱えるか。人々は熱心に研究を続けた。当時はまだ自然界、精霊に対する知識が少なく、人々が発動させる魔術も今で言う下級のものしかなかった。ある者は体に掛かる負荷の軽減を追求し、またある者は大規模な魔術を発動させる為の術を追求した。そうする事で、魔術は少しずつ発展し、多くの者が扱える様になって行き、魔術を使う者は魔術師と呼ばれる様になった。
そして、魔術の研究が進んで数年後。魔術とは異なる、奇跡の力を持つ者が生まれた。魔術が精霊の力を借りるのに対し、魔法使いは精霊の力を『操る』存在だった。基本的に、人間は精霊よりも下位の存在である。故に、上位の存在である精霊を使役する事は不可能とされた。
しかし、ごく一部の、精霊に見初められた者達には、それが出来た。奇跡と呼ばれた彼等の力はやがて『魔法』と名付けられ、魔法を使える者は魔法使いと呼ばれる様になった。ただ、研究をすれば多くの者がなれる魔術師に対し、魔法使いは限られた者しかなる事ができなかった。
何故、精霊は下位の存在である人間を愛し、その下に『つく』のか。理由は未だ解明されていない。気まぐれなのか、それとも何か条件があるのか。魔法使いになりたいと望む者は多くいたが、実際になれた者はほとんどいなかった。また、仮になれたとしても、精霊が宿す膨大な力を制御できず、自滅して行く者も少なからず存在した。
魔術と、魔法。百年の時を経て、人々の理解は深まり、生活の中に大分浸透した。それでも、人々は自然界への更なる理解を求め、日々研究を進めている。


「……うーん」


よく分からない。
ジェレアイアは本のページを捲りながら首を傾げ、顔をしかめた。
『一から学ぶ 魔術と魔法の基礎知識』。それは並んでいる書物の中でも比較的読みやすそうだと思い、本棚から引き抜いて来たものだった。しかし実際に開いて見ると、一番最初の章に書かれている魔術と魔法の成立についての説明が既に難解で、読み進めて行く内に頭が痛くなった。一度は学んだ事なのだが、改めて見返すと難しくて何がなんだか分からない。
元々、勉強は苦手である。学生時代もサボれる授業はサボり、課題の提出期限のぶっちは当たり前で、テストを受ければいつも赤点ぎりぎり。真面目に勉強した記憶はほとんどない。一応、生きて行く上で最低限必要な教養は得る事が出来たが、魔術に関する知識はお察し状態だった。
大学に行ったのは、ある人物からの計らいであった。その人物に恩があった為、言われる儘進学したが、正直良く卒業できたと思う。落ちこぼれの一歩手前。特に、魔術に関する授業はぼろぼろだった。既に魔法使いとして必要な事は会得していたし、魔術を使う必要性も日常生活の中では感じていなかった。とりあえず、将来の為に学歴は残しておこう位の気持ちだった。周りの学生達が熱心に魔術の勉強をしている中、ジェレマイアは浮いた存在だったかもしれない。


「珍しいね、貴公が此処に来るとは」
「……っ!」


だからきっと、あの人とそりが合わなかったんだと。過去の自分に想いを馳せ、ぼんやりとしていた矢先。ジェレマイアは背後から声を掛けられ、びくりと身を竦ませた。


「き、きょ、きょきょ教授!? ななな、何でいるんですか!?」


振り返った先に立っていたのは、正に今、そりが合わなかったと思っていた人物――ユリシーズだった。噂をすれば何とやら。否、噂をしていた訳では無いが、余りにもタイミングの良い登場にジェレマイアは動揺し、上ずった声でユリシーズに言葉を返す。


「何故か、と? 貴公、此処が何処なのか……分かっていて言っているのかね?」


大学併設の図書館ではないかと。ユリシーズは苦笑し、とんとんと指先で本を読む者達の為に設けられているテーブルを叩く。東エリアで有名な大学が管理する大型図書館。主に学生が利用しているが、外部の者も多く出入りしている。その有名な大学にユリシーズは所属しており、今いるこの図書館に来ても何ら不思議な事ではない。寧ろ勉強嫌いを公言するジェレマイアが此処に居る事の方が、周囲の者からすれば不思議に映るだろう。


「ふむ、何を読んでいるかと思えば……今更魔術の勉強かね」
「わ、悪いですか」


ジェレマイアの前に開いた状態で置いてある本を見て、ユリシーズは小さく鼻で笑った。学生時代のジェレマイアをユリシーズは知っている。知っているが故に、今こうして魔術の専門書を読んでいるのが奇妙で、滑稽で。勉強嫌いだった『教え子』が、どういう風の吹き回しか。ユリシーズの言いたい事に気付いたジェレマイアはむっとして、しかし同時に気まずそうに言い返す。確かに学生の頃は勉学に励んでいるとは言えなかった。だが、だからと言ってこう言った本を読んではいけない理由にはならない筈だと。


「否? だがそれは学生時代に精進するべきだったね」
「……うるさいですよ」


完全なる図星。何も言い返せない為、拗ねた様にジェレマイアは頬を膨らませる。しかし此処で黙った儘では追撃をされかねない。さっさとこの場を去りたかったが、それはそれで自分から逃げた様で何だか腹が立つ。
少し雑談でもして、この気まずさを無くしてから去るべきか。そう考えた所で、ジェレマイアはユリシーズが分厚い本を何冊も重ねて持っている事に気付き、話題を其方に切り替えるべく質問を投げ掛けた。


「教授は、何を読んでるんですか?」




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