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中立都市には五人の魔女がいる。
各地を統治する『魔女』と、彼女達を統括する都市の創設者たる『大魔女』。
彼女達は全員異端者であり、それぞれが強力な力を有している。中立を絶対とし、来る者は拒まず、去る者は追わない。世に拒まれ、捨てられた者達の為の最後の楽園。その守護者たる彼女達がいる事で、中立都市は他国の抗争に巻き込まれず、一つの国として在り続ける事が出来る。


「ねえ、ダイアナ。そろそろサバトの通達が来ると思うんだけど」


東エリア。とある大学の学長室。
客人として招かれていた南の魔女・アリスは、自らを招いた東の魔女・ダイアナと互いに向き合う形で座り、チェスに興じていた。黒の駒がアリス、白の駒がダイアナ。ただするだけではつまらないからと、互いに賭け金を積み、既に数戦行ったが、勝率は五分五分の状態。一進一退、どちらも退かず、賭けた金は互いの手元を行き来する。統治者である彼女達にとって、賭けている金額は微々たるもの。しかし何かを賭けて勝負をした方が楽しいと、言い出したのはアリスの方だった。
そのアリスが、チェスの駒を取り、一つ進めながらダイアナに声を掛けた。


「そうだな、前回のサバトから大分日が経っている。近い内に行われると思って良いだろう」


魔女達は不定期にサバトと呼ばれる集会を行う。簡単に言ってしまえば近況報告を行う会議であり、大魔女が纏め役となって、それぞれのエリアの近況を報告し、問題点があれば改善の為の話し合いをし、更に都市の安寧秩序の為、外の国の情勢を確認する。


「最近、『外』が騒がしいのが気になるのよね」


元々、都市の外では帝国と王国が戦争をしていた。大国である帝国がすぐに勝利すると思われたが、小国である王国の抵抗は強く、開戦してから十年以上経っているにも関わらず決着がつかない。双方力はあるが、決定打となるものは無く、膠着状態が続き、情勢は不安定なりに安定していた。


「確かに。特に帝国の方が、仕掛け始めているな」


しかしそれが此処に来て、不穏な気配が漂い始めている。まず帝国の生体兵器、その最高傑作の一柱とされる暴君グルート。軍の支配下にある筈の彼が自由に活動し、中立都市を出入りしている。危険度で言えば最高クラスの存在が首輪も無く動き回っている。それだけでも緊張する状況だが、暴君の兄であるラヴィーネもまた、活発に動き始めている。歩く天災とも言える存在が本格的に稼働しだした。対する王国は騎士団に加え、宮廷魔導師と呼ばれる魔法使いのエリート軍団を総動員し、彼等に抗っている。


「エマとレベッカからは、何か連絡ない?」
「今のところは。だが状況が状況だ。何かあればすぐに連絡が入るだろう」


此処には居ない、西の魔女と、北の魔女。西の魔女がエマで、北の魔女がレベッカと言う。
彼女達は情報収集能力が高く、外の異変に気付きやすい。西の魔女は『見る』能力に優れ、北の魔女は『聞く』能力に優れる。外に関する情報は大体、彼女達の目と耳で仕入れていた。その為、異変があれば彼女達から伝達がある。現状、それが無いと言う事は、外の情勢に大きな変化は無いと言う事だ。


「……ね、帝国と王国、どちらが勝つと思う?」


白の駒を取り、黒の駒を進めながらアリスが問う。


「王国が勝ってくれる方が良いが。どちらかと聞かれれば帝国だろうな」
「そうよねえ……」


元々帝国はそう大きな国では無かった。しかし国を治める帝がある時大陸統一を掲げ、各地に戦争を仕掛ける様になった。少しずつ、だが確実に侵略を進め、自らの領地とし、国力を強め。そうして最後に残ったのが王国だった。土地も、人も、財力も。全て帝国の方が上だ。王国の抵抗も粘り強いが、総合的に見ればやはり帝国の方に軍配が上がる。


「もし、帝国が王国に勝ったら」


どうなる。アリスの呟きに、ダイアナはチェスの駒を持った儘沈黙した。そんな事、聞かずとも分かっているだろうと。眼鏡のレンズ越しに彼女を見据え、やがて瞳を伏せ、小さく嘆息する。


「間違いなく、この都市に攻めて来るだろうな」


今までは『中立』と言う立場故に見逃されて来た。しかし王国が帝国によって滅ぼされてしまえば、最早中立ではなくなる。都市を攻めない理由は無い。
白の駒が黒の駒を取り、王の手前に収まる。それを見たアリスはくすりと笑い、その王を横へと動かした。


「私達、勝てると思う?」
「正直、今の状態では勝てる気がしないな」


そも、この都市には治安部隊はあれど、軍隊と呼べるほどの規模は無い。もし戦う事になるならば、住んでいる者達全員が兵となり、武器を取る事になる。異端者と、魔術師と、魔法使い。彼等が一丸となって戦って、果たしてどれ程の力になるか。圧倒的な兵と、生体兵器を前にして、生き延びる事が出来るのか。


「その辺りの事、今度のサバトの議題になりそうね」


出来る事ならば、現状維持であって欲しいが。少しずつ動き始めた情勢に、不安と懸念は募る一方。けれど自分達はまた、見守る事しか出来ない。
アリスが王の駒を動かしたのを確認し、ダイアナは別の駒をその傍へと進める。チェックメイト。その一言を聞き、アリスはお手上げとばかりに両手を持ち上げ、肩を竦ませた。




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