13

「簡単に言ってしまえば、生き物のコピーです。私も詳しい事は分かりませんが……人工的に、全く同じ生き物を造り出すのだと」
「はー、そんな事できるのか?」
「分かりません。そんな話、聞いたことは……」


ない、と。言おうとした所で男は片手で頭部を押さえ、顔を顰める。頭が痛い。脳の奥の方がずきずきする。それはまるで思い出してはいけない事の様で、考えようとすればする程痛みは酷くなり、男は持っていた本を机の上に置き、その場に屈み込んだ。


「大丈夫です?」


男の様子に気付いたジェレマイアがその傍に寄り、訊ねる。男の顔は青くなっており、額には脂汗が滲んでいる。随分と苦しそうな表情だが、どうして男がそうなってしまったのか、ジェレマイアには分からない。


「だいじょう、ぶ……と言いたいんですが……すみません、少し、気分が……」


分からないが、推測する事は出来た。本に書いてあったクローン生成。同じ姿かたちの生き物を造り出す技術に対し、思う事が無いと言う方が無理がある。リュウトと、男。兄弟でもなければ、身内でも無い。互いの関係に覚えが無いと言うならば。自分達は、もしかして。
蹲り、頭を抱える男とそれを介抱するジェレマイアを横目に、ニュクスは男が見た本を取り上げる。開いている部分からぱらぱらとページを捲り、その内容を見て見るが。


「専門的な用語ばかりだな……」


知らない単語がずらずらと並び、完全に読み解く事は難しい。恐らく、クローンの製法に関係しているのだろうが。分かりそうで分からない、微妙な文面にニュクスは渋い表情をし、最後のページに辿り着いた所で勢い良くそれを閉じ、机上に放った。


「何だこりゃ」


他のはどうだろうかと。ニュクスが放った本の傍にある別の本を手に取ろうとした所で、再びリュウトが声を上げた。
リュウトの方を見遣れば、先程のものよりも薄い本を開き、首を捻っている。良くもまあ、次から次へと新しいものを見付けると。ニュクスは溜息を吐き、どうせ中身が分からないだろうリュウトからその本を受け取り、書かれている文字を追う。


「名簿?」


其処には文章では無く、人の名前と思しきものがずらりと並んでいた。名前の響きからして、帝国寄りの人間だろうか。勿論、知っている名前は無く、何の興味も湧かないものであったが。


「此処で研究してた人達のですかね?」
「そうかも知れねえな。所長カグツチ、副所長ニニギ、現場責任者アサマ、研究員アズナ、イヒカ、カカリ、シタハル、セイリョウ、ツクヨミ、ナナセ、ヒメユラ、ワタツミ……、……?」


興味が湧かない、筈だった。
記載されている名を上から読んで行くにつれ、ニュクスは妙な違和感を覚え、口を噤んだ。遠い昔、まだこの研究所に人が居た頃の記録。当然、その時代に己は生きていない。知る筈の無い者達の名だ。けれど何故、それに『懐かしさ』を感じるのか。


「ニュクスくん?」


ニュクスの僅かな変化に気付いたジェレマイアが声を掛け、それにより我に返る。はっとした様に目を見開き、開いていたページを閉じると何事も無かったかの様に机上へ放った。


「いや、何でもねえ」


気のせい。そう、きっと気のせいだ。
燻る違和感を思考の隅に追いやり、ニュクスは頭を振る。すっきりしないが、これ以上考えた所で何か分かるとも思えない。
蹲っていた男の方を見遣ると、少しは落ち着いたのかジェレマイアの手を借りながら立ち上がっていた。顔色はまだ悪いが、先程よりは良い。


「わたし……いえ、わたし達は」


男が掠れた声で言葉を紡ぐ。その声を聴き、ニュクスとジェレマイア、そしてリュウトが一斉に彼へと視線を注いだ。


「誰かのクローン、なんでしょうか」
「…………」


その疑問には答えられない。否、答えてはいけない気がする。
マスターが何故この依頼を自分達に託したのか。今なら分かる。マスターは最初からリュウトと男の関係に気付いており、けれど直接伝える事を良しとせず、此処で知ってもらう様手配した。マスターが何故知っていたのかは分からないが、結果的に真実に限りなく近い所に辿り着いた。それを喜ぶべきなのかは、判断し難いが。
目的は果たした。知りたいと思っていた事も、大体知れた。満足するべきなのだが、如何にもすっきりしない。各々が各々の顔を見て、何か言おうとしては口を噤む。

西の空。太陽が間も無く沈まんとする刻。沈黙の流れる研究室に何処からか風が流れ込み、先程ニュクスが見ていた名簿のページをぱらぱらと捲った。




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