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「ニュ、ニュクスくんに変な事したらただじゃおかないんですからねっ!」


室内で巻き起こる風。窓は勿論開いておらず、仮に開いていたとしても台風でもない限りは有り得ない強さ。そんな風を生み出したのは、床に這いつくばる体勢になりながらも必死に顔を上げるジェレマイアだった。自らの身は異端の力に成す術も無いが、自らの力は異端の力に対抗しうる――寧ろそれを上回る事が出来る。吹き荒れる風の勢いは止まず、周囲に置かれている机や機材がかたかたと揺れた。


「おー……その儘ざく切りにしちまえ」


風の力により、ナハトの集中力が散漫になったか。身に掛かる重力が軽くなり、ニュクスはのろのろと身を起こす。リュウトと男も緩慢な動作で立ち上がり、未だ這いつくばっているジェレマイアを起こしてやろうと其方へ歩み寄る。


「ちっ……邪魔な奴らが多いな」


一人一人を相手にするならばどうと言う事はないが、魔法使いを含め四人を相手にするのは流石に厳しい。異端の力を行使し続ければ優位には立てる。しかし、強力なもの故にその反動も強く、長時間の行使は難しい。実際、既に反動である頭痛が起こっており、軽い目眩も生じている。これ以上の戦闘はリスクが大きく、避けるべきだと。そう判断したナハトはニュクス達から更に距離を取る様に後方へ下がり、そこで周囲に掛けていた重力を解き、目の前の四人を解放した。


「わっ……と」


それまでの重さが嘘の様に軽くなり、ジェレマイアは驚きの声を上げる。リュウトと男によって支えられた体は重力に逆らっていた時の力の影響で勢い良く立ち上がり、バランスを崩しそうになり、何とか踏み止まった。


「クソ野郎、がっ……!」


身を起こしたニュクスは銃を握り、立ち上がると同時に発砲しようとするも。ナハトは目の前におらず、その姿を見付けようと周囲を見渡す。


「ニュクスくん、あそこ……!」
「……ッ!」


ジェレマイアが指差した先、天井付近の窓の縁に、ナハトは掴まっていた。恐らく重力操作で跳躍し、移動したのだろう。窓は開けられており、外から自然の風が建物内へと流れ込む。
逃げるつもりか。ニュクスが反射的に銃口を向けるも、発砲する前に再び体が重くなり、発砲できずに終わる。


「まァ、目的のブツは手に入ったンだ。今日は退いてやるよ」


何処までも、偉そうに。上から見下ろされ、何とも言えない不快感が生まれる。あくまでも、自分が譲歩してやるのだと言うそれに苛立ちも募り、ニュクスはナハトを睨みつけた。何とかして、この男に報復をしなければ気が済まない。己が出来ないのならば、リュウトか男に一発殴って貰おうかと思うも、ナハトの居る天井までは高さがあり、高い身体能力を持つ二人でも流石に難しい。
ならばジェレマイアに風の刃を飛ばして貰おうと。そう思い彼の方を見遣るも、ジェレマイアはナハトが今し方紡いだ言葉が引っ掛かったらしく、緩く首を傾げて見せた。


「目的のブツ?」


ニュクス達と此処で遭遇したのはあくまでも偶然。ナハトの目的は別にあり、既にそれは達成されたのだと。不思議そうな面持ちでいるジェレマイアに気付いたナハトは懐から小さなケースに入った円盤を取り出し、彼等に見える様にちらつかせる。その物体が何なのか、ニュクスとジェレマイアにはすぐに理解出来た。大型の端末に挿入する事で、中に収まる膨大な情報を見る事が出来る記憶装置。確か、ディスクと呼ばれていた様な。
一体何の情報が入っているのか。ジェレマイアが訊ねようとする前にナハトはすぐにケースを懐にしまい、窓から脱出しようとその縁に足を掛ける。


「お前らもそれが目当てなんだろ?」


そう言われても、心当たりはない。
自分達はただ、調査をしたい施設の不穏分子の排除を頼まれただけだ。相手がその不穏分子である――と言うのはあるが。立ち去ると言うのならば深追いをするつもりはない。
理解に苦しむ一行の様子を眺め、意味ありげな笑みを浮かべながら。ナハトは開いている窓に身を投じ、去って行った。




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