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「随分広い所に出たなあ」


窓がある為、其処から差し込む西日で今まで歩いて来た廊下よりは明るい。天井は高く、吹き抜けとなっており、それが今いる空間を開放的にしている。見た事のない機械や大型の端末が置かれており、此処が施設の核となる場所である事は間違いない。
空間の中心部には広いデスクが置かれており、意味の分からない単語が散りばめられた書類が何枚も広がっていた。その横に置かれている端末は当然ながら付かず、画面には埃が大量に付着している。かつて此処に居た研究員達は、何を思って研究を進め、積み重ねたものを手放していったのか。


「うわあ、何でしょう、これ」


壁際に並ぶガラスのケースに近付き、ジェレマイアが興味深そうに眺める。人一人が入りそうな縦長のケース。その横には番号を入力するボタンが設置されているが、押してみても何の反応を示さない。


「あんまり触んなよ。何があるか分からねえんだから」


見た事のない物体に興味を示すジェレマイアを諫め、ニュクスは目ぼしいものは無いかと室内を歩き回る。入って来たところから向かって右側に階段があり、上に行ける様になっている。その階段を上った先の壁面にも様々な機械が並んでおり、下から一つ一つ眺めていたニュクスは、最上階と思しき階層に目が行った所で不意に動きを止めた。


「ニュクスくん?」


歩くのを止めたニュクスを見て、ジェレマイアはどうしたのかと彼女の方を見遣る。上層階を睨む様に見詰め、片手には何時の間にか銃を握っていた。


「誰かいる」
「え?」


誰か、とは。ジェレマイアがニュクスが見詰めている方を見ようとした瞬間、その場にいた者全員に異変が起こった。突然、全身が鉛の様に重くなり、立っている事が出来なくなってその場に膝を付く。踏ん張らなければ地面にめり込んでしまいそうで、ジェレマイアは両手を床に付き、何とか四つん這いの姿勢で踏み止まった。周囲を見遣ればニュクスや男も片膝を付く体勢になり、リュウトは持っている剣の鞘を杖代わりにして辛うじて立位を保つ。
これは、何だ。建物内に罠が仕掛けられているのか。だがそれならばここへ来るまでの間に何処かしらで見た筈だ。


「なんだあ? 急に体が……」


唯一立っているリュウトも、気を抜けば崩れ落ちてしまいそうで。突如として起こった奇妙な現象に顔を顰め、異変の原因を探ろうと辺りを見渡す。
そんな状況の中、ニュクスはこの現象に心当たりがあるらしく、歯を食い縛りながら人が居ると言った方面を睨んでいた。過去に、こうなった事は何度もある。そして、こうなる原因を――現象を生み出せる存在は、一人しかいない。


「よォ、誰かと思えば銀月じゃねェか」


頭上から降ってくる声。人違いであって欲しいと思ったが、どうやら間違いは無い様で。ニュクスが睨んでいた場所から、長身の男が姿を現す。夜色の髪、鋭い深緑、個性的と言えば聞こえの良い服装。
忌々しい、出来れば会いたくない、可能であれば殺したい。其処に居たのは、ニュクスにとって天敵とも言える男――ナハトだった。


「重力野郎……!」


先手を打たれた。相手がナハトだと分かっていれば、即座に銃を出し、発砲したのに。相手の方が先に此方の存在に気付き、仕掛けて来た。思えば依頼内容が不穏分子の排除なのだから、もっと警戒しながら探索をするべきであったと、遅すぎる後悔をしつつ、ニュクスは握った銃をナハトへ向けようと力を込める。しかし、ナハトによって操作された重力の所為で身は重く、腕を持ち上げる事は出来ても銃口を相手へ向ける事が出来ない。


「こんな所で会えるとは思わなかったぜ。しかも女じゃねェか」


にたりと。嫌らしい笑みを浮かべ、舐める様な視線をニュクスへ向ける。その後、転落防止の為に設置されている手すりを乗り越え、十メートルはあるだろう高さから下に向かい、飛び降りる。その際、自身の身に掛かる重力を軽くしたのか。彼の落下速度は非常に緩やかで、着地の瞬間もこつりと、高い所から降りて来たとは思えない軽快な音を立て、ニュクスの目の前に降り立った。




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