翌日。
昼前に四人揃って出立した一行は、太陽が西の空に沈もうとしている頃に、その研究施設に辿り着いた。鬱蒼とした森の中。ひっそりと佇む建物は、其処だけ切り取られ、過去の時代に置き去りにされて来た様な、奇妙な雰囲気が漂っていた。
「思っていたよりも大きいですね」
目の前の建物を見て、ジェレマイアが感心した様に言う。人が居なくなって随分経つのだろう。入り口となっている門扉は錆びており、長い蔦が幾重にも絡み付いていた。鍵は掛かっていない様だが、蔦を払いのけた所で開くかどうか分からない。建物を囲う塀の高さは5mはあるだろうか。よじ登って入る事も出来なくは無いだろうが、いざと言う時の為に出入り口は確保しておきたい。
「結構頑丈そうだな」
「開きますかね?」
絡まる蔦を引っ張っては千切る作業を繰り返し、剥き出しになった格子に触れる。試しに力を込め、押してみるが、ニュクスの力ではびくともしない。それを見たジェレマイアも協力し、再び押してみるも、軋んだ音が鳴るだけで動く気配は無かった。
「開かないな」
「開きませんね」
二人掛かりでも動かない。女のニュクスと非力なジェレマイアだからかも知れないが、扉は思っていた以上に固く閉ざされている。普通に開けるのが難しいなら、ニュクスの銃や、ジェレマイアの風で破壊できないか。互いに顔を見合わせ、同時に浮かんだ考えを口にしようとして、傍で見ていたリュウトが口を開いた。
「じゃあオレが試してみっかー」
力になら自信があると。リュウトが腕を回しながら扉の前に立ち、格子を掴み、押す。ふん、と。息を吐きながら全身に力を込め、扉を開けようとするが、それでも扉は開かない。もう少し小さな扉ならば開いたかも知れないが、塀の高さとほぼ同等の高さと大きさを持つ扉は、リュウトが幾らいきんでも開く気配は無かった。
「ふへ……あとちょっとな気がするんだがなあ」
額に汗を滲ませ、思いの外頑丈な扉に溜息を漏らす。やはり、壊すしかないのだろうか。葬儀屋のシトリーが居れば簡単に開けてくれそうなものだが。流石に彼は今此処に居ない。
リュウトと、ニュクスと、ジェレマイア。三人がそれぞれの顔を見て、各々の得物を持ち、能力を発動させようとした所で、後方に控えていた男が口を開いた。
「あの……私も手伝います」
だから、もう一度。リュウトを見て、共に押してみようと提案する。彼の腕力がどれ程のものかは分からない。ただ、彼と全く同じ顔の男ならば、もしかしたら。断る理由は無く、ニュクスとジェレマイアは二人でやってみる様勧め、リュウトもまた、隣に立つ様、ちょいちょいと手招きをする。
そうして、リュウトと男はそれぞれ格子を握り、力を込め、押し始める。ぎしぎし、ぎしぎし。耳障りな音が鳴る中、十秒ほど踏ん張っただろうか。閉ざされていた扉はゆっくりと動き始め、やがて四人の目の前に、外からは上の部分しか見えなかった、古びた建物の全貌が露わになった。
「わあ、開いた」
扉が完全に開いたのを見て、ジェレマイアが驚きの声を上げる。自分達ではどうしようもなかったのに、リュウトと男が見事に開けてくれた。これで塀を上る手間は省け、何かあった際には、此処から脱出する事が出来る。
「お前さん、結構力あるんだなあ」
「え、あ……はい、ありがとうございます」
額の汗を拭い、一息吐いたリュウトは傍らに立つ男の方を見遣り、意外だとばかりに首を傾げる。体躯はリュウトよりも少し華奢で、お世辞にもガタイが良いとは言えない。その体の何処に、この扉を押し開けるだけの力があったのか。常人よりも強い力を持つリュウトの存在も謎だが、同じ顔を持つこの男の謎はそれよりも深い。
「それじゃ、行くか」
何にせよ、開いてくれたのならばそれで良い。彼等の謎は、この先にあるかも知れないのだから、その時に理解出来れば良い。ニュクスは二人について余り考えない事にし、彼等より先に敷地内に足を踏み入れた。
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