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「そのなりで来たって事は、請け負っていた仕事が終わったって事で良いんだな?」
「あ、はい。終わりました」
「ひどい目に遭ったけどな」


身体は傷だらけで、服は破れ、汚れだらけ。明らかに暴れ回って来たと分かる姿を見て、マスターが訊ねる。仕事を済ませ、家に戻らずに直接来たのだろうと。それに対し、ジェレマイアは素直に頷くも、ニュクスは鼻を鳴らし、ぶっきらぼうに言って返した。正直に言えば、一度家に帰り、シャワーを浴びて、着替えてから報告に来たかった。それをしなかったのは、家に帰ってから行くよりも、仕事の現場から直接月桂樹に向かった方が近かったからだ。


「なら、依頼者には連絡しておく。それから、ニュクス」
「何だよ」


リュウトが尻を触ろうとして来るのを片手で止めながら、まだ何かあるのかとニュクスはマスターを見遣る。喧嘩や得物を出すのが禁止になっているのなら、セクハラ行為も禁止にしてくれないかと。そんな事を思いつつ待っていると、マスターは手元に置いてあった書類数枚を取り上げ、ニュクスに向けて差し出した。


「お前宛に、依頼が一件入っているんだが」
「俺宛に?」


月桂樹の常連になっている為か、マスターを通してニュクスに依頼をして来る者は少なからず存在する。それなりに腕を買われていると言う事になるが、さて一体誰が己を指名したのか。ニュクスは書類を受け取り、その内容に目を通し始める。


「受ける受けないは勿論自由だ。だが、こいつ等の事が少し分かるかも知れねえぞ」
「……どう言う事です?」


依頼内容と、依頼者の名前は直ぐに確認できた。読み進めて行く内にニュクスはマスターが言わんとしている事を理解するも、内容を見ていないジェレマイアにはさっぱり分からず、首を傾げながらマスターに聞き返す。


「『ゼロ』からの依頼なんだが」
「へ? あの情報屋の?」


何故そこで、その名前が出て来るのか。意外な人物の名にジェレマイアは間の抜けた声を上げ、男とリュウトはさっぱり分からないと呆けた表情になる。ゼロの依頼と、リュウト達。繋がりは全くと言って良い程見えず、謎だけが深まって行く。


「北東の国境付近に、研究施設だったと思われる建物がある。其処を調査したいから、不穏分子の排除を頼みたいと……簡単に言えばこんな内容だ」
「研究施設……?」
「最近のものじゃねえ。もっと昔の……それこそ百年以上前の施設じゃねえかって話だ」


頭に疑問符を浮かべるジェレマイアへマスターは簡単に説明をし、後はニュクスに渡した書類を読む様促した。その後、マスターは腹が減っているだろうと、ニュクスに適当に何か作ってやると言い、冷蔵庫を開けて食材を手に取り、調理に取り掛かる。ジェレマイアはニュクスから書類を貰うと、同じ様に内容を読み始めた。


「……あー、うん。そういう事ですか」


このタイミングで、この依頼が来るとは。偶然にしては出来過ぎている様な気がすると。ざっと読んだ所でジェレマイアは何とも言えない表情を浮かべ、ニュクスと顔を合わせる。
書類に書かれていた依頼内容は、マスターの言う通り国境地帯の研究施設の安全を確保して欲しいというものだった。そして、その施設が何を研究していたのか。仮説ではあるがしっかり書かれていた。現在の帝国が建国される前、生体兵器の研究に繋がる生体実験が行われており、各地に研究施設が作られた。今回、調査して欲しいと言う施設はその中の一つで、生物の複製を生み出す研究が進められていた様であると。
生物の複製。つまりコピー。同じもの。生体兵器を造り出すと言うだけでも十分世の理に反するものだと思うが、同じ見た目の生き物を造り出すと言うのも中々だ。禁忌(タブー)とされるからこそ、ヒトは心惹かれるとも言うが。恐らく、ゼロもその禁忌に惹かれたのだろう。彼は知的好奇心が旺盛だと聞く。情報屋と言うのを抜きにしても、世界中の、ありとあらゆる知識を欲しているのだろう。


「報酬額も悪くない。お前ら揃って行ってみても、損は無いと思うが」


親族とは思えない、同じ顔が存在すると言う事は、『その可能性』も考えられる。仕事を請けるか、否か。勿論断る事も可能だと。マスターはどうするのかとニュクス達を見る。


「行く行くー、オレ一人でも行くー」


真っ先に食い付いたのはリュウトだった。赤くなった顔に笑みを浮かべ、親指を立てて上機嫌に言う。報酬が良ければ、それだけ良い酒にありつける。依頼内容に関しては其処まで興味が無いらしく、そんなリュウトの姿にジェレマイアは思わず苦笑した。自分と同じ顔の男よりも、頭の中は酒の事でいっぱい。おめでたいと言うべきか。それとも悲しい位に馬鹿だと言うべきか。


「……どうします?」
「まあ……行ってみても良いけどよ。お前はどうする?」


依頼は何人で受けても良いと書いてあった。ならば、人数は多いに越した事はない。ニュクスとジェレマイア、リュウトは行くとして、男はどうするのか。


「わたし、は……」


男はどうすれば良いか分からないと。困った様に自分を助けてくれたマスターを見遣る。自分の様な人間が、ついて行っても良いものなのか。足手まといになるのではないか。迷惑にならないか。


「行ってみろよ。此処でじっとしてても何も分からねえだろ」


マスターは目線を合わせず、まな板の上に乗せた野菜を慣れた手付きで刻み、作業しながら言って返す。行き倒れた際は死ぬかもしれないと思って助けてやったが、この後の事は己が決める事では無い。相手が決める事なのだと。突き放す様にも聞こえたが、『そいつ等は信用出来る。何かあったら頼れ』と付け加える。行って損はない。この儘何も分からないでいるよりは、動いた方が良い。


「……、はい」


マスターの言葉を聞き、揺らぐ心が多少は落ち着いたのか。男は戸惑いながらも頷いた。




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