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今までにされて来たセクハラの数々を思い返し、溜息交じりにニュクスが言うと、何故か男が申し訳なさそうに眉を下げた。自分が責められている訳では無いのに、目の前の女性が顔を顰めながら自分が似ていると言う人物に毒吐いているのを見ていると何とも言えない罪悪感が生まれる。
その姿に気付いたニュクスは小さく舌打ちをし、取り敢えず事情を説明して貰おうとマスターの方に向き直った。


「今朝道端で倒れてたんでな。またリュウトが行き倒れになってるのかと思ったんだが、とても本人とは思えない発言ばかりしやがる」
「はあ……そうなんですか」
「記憶喪失の類かとも思ったんだが、どうも違うらしい。取り敢えず行く当てが無いって言うんで、暫く置いてやる事にしたんだよ」
「すみません、マスター。感謝しています」


丁寧に頭を下げる男を見て、ニュクスは有り得ないとばかりに首を横に振る。飲んべえの彼しか知らない為、こうした礼儀正しい振る舞いをする姿は、例え良く似た別人であっても違和感がある。気持ち悪いと言うか、不気味と言うか。とにかくあの男のイメージに無く、鳥肌が立つ。
ジェレマイアも戸惑いを隠せない様子で、どう声を掛けようか悩む。赤の他人として接すれば良いのだが、やはり見た目が見た目だ。どうしても知り合いの事を思い浮かべてしまう。
そうして何とも言えない、気まずい空気が流れる中。店内に来客を知らせる鐘が鳴った。


「いよーう、マスター元気ー?」


聴き慣れた陽気な声。噂をすれば何とやらと言うべきか。入って来たのは酒瓶を片手に持ち、顔を赤くしたリュウトだった。来る途中でたっぷり飲んでいたのだろう。千鳥足とまではいかないが、体を左右に揺らしながら歩き、ニュクス達の居るカウンター席までやって来る。


「……げえ」


当然の様に、と言うべきか。人が集まっているカウンター席の、空いてる場所ー―ニュクスの隣に腰を下ろした事で、ニュクスが露骨な声を上げる。端に座る男がリュウトだと思った為に、隣同士にならない様にとジェレマイアを挟んで座った。それが此処に来て仇となるとは。リュウトがニュクスの隣に座った瞬間、酒の匂いが鼻を付く。嗅ぎ慣れた安酒の匂い。顔は完全に酔っ払いのそれで、上機嫌に笑っている。
それで何もしなければ良いのだが、ニュクスが居るとそうも行かない。よりによってこのタイミングでと。ニュクスは乗り出していた身を引きながら頭を抱え、天井を仰いだ。


「おっ、おっ、銀月女になってんじゃーん。おっぱい揉ませてくれよー」
「速やかに死ね」
「つれないなぁー、別に減るモンじゃあないだろ? あ、何なら一発ヤらせてくれても」
「ふざけんじゃねえ、頭にブチ込むぞ」
「いやーいやー、ブチ込むのはオレの方でっしょー?」
「……テメエの粗チン、二度と勃たねえ様にしてやろうか?」
「えー、オレのは粗チンじゃねえよー、超がつく名刀だよぉー」


ああ言えばこう言う。酔っ払いの癖に良く回る口だと。ニュクスは苛立ちを隠そうともせずリュウトを睨み、拳を握る。これが外ならば遠慮なく銃を顕現させ、彼に向けて発砲する所だが。此処はマスターの店、月桂樹だ。諍いは許されていない。感情に身を任せ、攻撃をしようものならリュウトもろとも出禁にされる。流石にそれは避けたい事案であり、銃を出したい衝動を必死に抑えんと、ニュクスは頻りに拳を握っては開く動作を繰り返した。


「喧嘩と猥褻行為は外でやれよ」
「やらねえよ」


マスターの冷静な言葉に、苛立ちが更に募る。否、マスターは全く悪く無いのだが。どうにもリュウトの、酔っ払いのペースに持って行かれそうになる自分がおり、ニュクスは再び頭を抱えた。隣のジェレマイアは引いているのか面白いのか、どちらともつかない微妙な笑みを浮かべており、それもまた腹立だしい。フェミニストを気取るならフォローに入れと、言ってやりたかった。


「……あ」


ニュクスとリュウトのやり取りを見ていた男は、間に二人いるせいで良く見えなかったその顔を軽く身を乗り出す事によって確認し、声を上げる。この人物こそ、彼等が言っていた自分のそっくりさんー―基、同じ顔を持つ男。雰囲気は全然違うが、確かに顔のつくりは同じ様に見えた。


「おん?」


男の小さな声を聞き、その存在に気付いたリュウトもまた、身を乗り出して男の方を見遣る。ニュクスとジェレマイアを挟む形で互いの顔を確認すると、リュウトは不思議そうに眼を瞬かせ、男は戸惑いを露わにする。これは一体、どういう事か。


「オレのそっくりさん?」




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