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「……げ」
「あ」


からんからん、と。扉にぶら下がっているドアベルが店内に来客を告げる。何時もの様に扉を開け、先にニュクスが店内へ足を踏み入れる。続けてジェレマイアが中に入り、その先に居た先客に対し、二人揃って声を上げた。ニュクスの指定席であるカウンター隅の椅子。其処に腰掛けているのは、知り合いである大酒飲みの男。今日は薄汚れた異国の服では無く、シャツにスラックスと、随分と小奇麗ななりをしているが、何かあったのだろうか。


「来たか」


ニュクスとジェレマイアの姿を見たマスターは、待っていたとばかりに彼等に声を掛け、まずは座る様にと男の隣を勧める。ジェレマイアがニュクスの方に視線を遣ると、『お前がそっちに座れ』と無言の圧力を掛けて来た。男に絡まれるのが嫌なのだろう。彼を間に挟み、クッションにする事で、自らに被害が及ぶのを防ごうと言う魂胆か。ニュクスの考えを理解し、圧力を受けたジェレマイアは苦笑いをしながら男の隣に座り、更にその横にニュクスは黙って腰を下ろした。


「マスター、こちらの方々は……?」


二人が席に着いた後、男は興味深そうに二人のなりを見、彼等が何者なのかをマスターに訊ねる。その様子を見て、ニュクスは怪訝そうな表情になり、ジェレマイアもまた、不思議そうに首を傾げる。見知った相手だろうに、彼は何を言っているのか。新手のボケか、それとも酒を飲みすぎて頭がおかしくなっているのか。どちらにせよ、面白くはないし、笑えもしない。


「ああ、店の常連だ。アンタに似た顔の奴の事も、良く知っている」
「そうなんですか……色々な人が来るんですね、ここは」
「……はあ?」


男のボケもつまらないが、それに対し真面目に返すマスターもマスターだ。二人のやり取りを見て、ニュクスは益々訝しみ、軽く身を乗り出して男の方を見遣る。その際、胸の膨らみがカウンターの上に乗り、存在を強調する形となってしまったが、ニュクスは気にしない――と言うより気付いていない。そう言う事をするから、変な輩に目を付けられるのではないかとジェレマイアは思うも、指摘した所で直すどころか逆切れされそうな気がし、何も言えずに見守る形となる。女性としての魅力を完璧に兼ね揃えた存在。其処に無自覚でも色気のある振る舞いが加われば、釣られない男など居ない。ジェレマイアだって、偶にどきりとする事がある。それこそ、隣に居る男などぞっこん状態なのだが。今日は何故か、絡んでこない。


「あれ、リュウト……さん?」


何時もなら直ぐに絡み、過剰なまでのスキンシップを図る彼だが、今日はどうしたのか。妙な違和感を覚え、ジェレマイアは男の顔を凝視する。何時も酒に依存し、酔っぱらってだらしのない表情をしている彼が、今日は素面で落ち着いている。ニュクスもジェレマイアも、彼が素面でいる所を見たことが無い。


「ああ、似ているがそいつはリュウトじゃねえ」


ジェレマイアの様子に気付いたマスターが、彼は二人の知るあの男では無いと告げた。それを聞き、ニュクスとジェレマイアはそんな馬鹿なと互いに顔を見合わせ、改めて男を見遣る。背中まで伸びる黒髪に、垂れた双眸、引き締まった体躯と。酔っ払っていないのを覗けば完全にリュウトそのものだった。


「え、どう見てもリュウトさんじゃないですか」


赤の他人で片付けるには、余りにも似過ぎている。兄弟や親戚だろうか。もし仮にそうだとしても、此処まで顔が似通うものなのか。理解し難い状況にジェレマイアは頬を掻き、男は此処に居ない誰かと似ていると言われ、困った様に縮こまっている。その人とは無関係ですとも言えず、ただ助けを求める様にカウンター奥のマスターを見詰める。しかしマスターが何か言おうとするよりも先に、ジェレマイアの隣に居たニュクスが声を上げた。


「いや、違ぇな。俺に迫って来ねえ」


普段の彼ならば、ところ構わずニュクスに迫り、胸やら腰やら撫でまくり、セクハラ発言を連発して来る。それが今日は一切ない。酒を飲んでいない状況だからかもしれないが、彼の人物の場合、酒を抜きにしてもニュクスに好意を抱いている様なので、素面であっても何かしらの反応がある筈だ。この状況は異常と言っても良いだろう。


「そういう判断で……」
「あの飲んだくれが俺を見ても無反応とか、逆に怖ぇよ」




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