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その日の夜。


「あーあーしくじった」


月桂樹へ続く道を歩きながら、ニュクスは隣を歩くジェレマイアにわざと聞かせる様に大きな声で言い、上体を反らして空を見上げた。。


「僕のせいじゃないですからね。不可抗力なんですからね」
「いーや、どう考えてもテメエの所為だろ。ぽんこつってレベルじゃねえぞ、アレは」


嫌味ったらしく言うニュクスにジェレマイアはむっとし、頬を膨らませながら反論する。路地を歩く二人の体は全体的に汚れており、すり切れた服の下には小さな傷が見え隠れしている。重傷と言う程の怪我は無い様だが、頬に擦り傷を作ったニュクスはそれだけで気持ちが萎えているらしく、不機嫌な様を隠そうともしない。


「テメエがもっと冷静に動いてれば綺麗に終わっただろ」
「はー? ニュクスくんが破廉恥な姿を見せつけるのが悪いんじゃないですか」


そのおっきい胸揺らして、と。ジェレマイアはニュクスの胸部を指し、言い返す。其処にあるのは男のものではない、女の象徴とも言える豊満な膨らみ。今回の仕事の為に、ニュクスは『性別』を変えた。依頼された仕事の内容は所謂ハニートラップ。ある組織の頭領を誑かし、依頼者が欲する情報を引き出した上で始末する。大の女好きと言われる頭領の傍に近付くには、男の身では不可能。しかし頭領の好みに合う女性が周囲に居ないからと、依頼主は頭領が喜びそうな容貌をしていると判断したニュクスに頼み込んで来た。女の体にならなければいけない事にニュクスは最初渋ったが、報酬の額に釣られたジェレマイアの猛烈なプッシュにより、引き受ける事となった。
そうしてニュクスは頭領を誑かす役となり、ジェレマイアは隠れながらそのサポートに回る役に。それぞれ事前に相談をした上で、何があっても良い様に備えていたつもりだった。けれど実際に蓋を開けてみれば情報を引き出す所までは良かったものの、欲情した頭領に行為を迫られ、服を剥かれたニュクスの姿に隠れていたジェレマイアが動揺して物音を立て、見つかってしまった。結果、当初の予定は総崩れで、頭領含む組織の面々と狭い部屋の中で乱闘をする羽目になった。しかも、上半身丸出しの半裸状態のニュクスの姿にジェレマイアは恥ずかしがるばかりで碌に戦えず、ニュクスはそんなジェレマイアを庇いながら一人で戦うと言う状況を強いられた。最終的に依頼者の望みは叶えられる形となったが、軽傷であるにも関わらず、ニュクスとジェレマイアの中に凄まじい疲労感が残った。


「この程度で破廉恥とかどんだけだよ。それとも何だ? あの儘犯されて派手に喘いでれば良かったってか? 童貞の癖に言うじゃねえか」
「ど、童貞は余計でしょう!?」


ジェレマイアは顔を真っ赤にし、語気を強めて反論する。確かにジェレマイアは童貞だ。女性と付き合った事は何度かあるが、精々手を握る程度の関係で終わっている。性交渉はおろか、キスすらまともにした事が無い。どうして上手くいかないのか。自分は女性の意志を尊重し、大事にしているつもりなのにと。何時だったかニュクスに相談して来た事がある。話を聞いてみると、確かに女性を大切にしているのだが、その愛がどうにも重い気がする。気を遣い過ぎていると言うか、女性に夢を見過ぎていると言うか。何にせよ、それではフられてもおかしくないと、ニュクスは彼の行動に呆れたのを覚えている。


「確かにニュクスくんに怪我をさせちゃったのは……その、悪いと思いますけど……」
「別に怪我なんざ何時もの事だろ」
「いや、そうなんですけど、ほら……女の子の体ですし、大事にしないと……」
「……はあ」


ニュクスが女になると何時もこうだ。男の時は怪我をしようと性的に襲われようと気にしないジェレマイアが、女になった瞬間やたらと身を案じて来る。痛くないですかとか、痕になりそうな傷はないですかとか。本人はフェミニストの血が騒ぐだとか何とか言っていたが、実際の立ち回りは童貞のヘタレ感丸出しと言った状態で、ニュクスは苦笑するしかなかった。いっそこの身で童貞を卒業させてやろうかと聞いてみた事もあるが、ジェレマイアは全力でそれを拒否して来た。無理です、ニュクスくんはもっと自分を大事にして下さい、セックスなんて軽々しくするものじゃないです、等々。最早呆れる事しか出来ない状態。これで童貞だと、からかうなと言う方が無理な話で。


「もう少しテメエは女の裸に慣れとけよ」


三十路手前の男としてどうなんだと。溜息交じりにニュクスが言うと、ジェレマイアは何も言い返せないのか赤面した儘唸る。そこで言い争いは終わり、暫く歩いた所で目的地である月桂樹へと辿り着いた。




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