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「ユーベル様、先日の攻城戦の記録をお持ちしました」


ラヴィーネの部屋を去った後。
執務室へ向かっていたユーベルは、廊下を歩いている最中に背後から声を掛けられた。振り返ってみれば、書類の束を持った男二人が姿勢を正し、立っていた。彼等は確か、側近が可愛がっている若手では無かったか。頭の隅にある記憶を引っ張り出しつつ、二人の姿を眺める。じっとりと、舐める様な視線に男達は緊張した様子だったが、ユーベルが気に掛ける事は無い。


「仕事が早いね。良い事だよ」


先日の攻城戦と聞いて思い浮かべるのは、ラヴィーネが出撃した二日前の戦。もう書面に纏めたのかと。彼等の仕事の早さに内心驚きつつ、ユーベルは差し出された書類を受け取り、目を通す。


「騎士団長エゼルベルトは不在。指揮を執っていたのは七賢人の一人、フリック・クライバーでした」
「ふぅん……アイツは居なかったのか」
「はい。数日前まで滞在していた様ですが、王都の催事の為、離脱していたと」
「つまらない話だ……」


敵軍の頭が其処で潰れてくれれば、両手を上げて喜べたと言うのに。男の報告を聞き、心底残念そうにユーベルは嘆息する。彼の人物とユーベルの因縁は深い。互いに軍を纏める立場にあると言うのもあるが、それだけで済ませてしまう様な簡単な関係では無い。もっと昔から、自分達は憎み合っている。それこそ、今の自分が居るのは、彼が居るからと言っても過言でなく。


「それで、フリックはどうなったのかな?」


頭が居ないならば、それに近い存在はどうしたのか。その存在を一度忘れようと頭を振り、ユーベルは男に訊ねる。戦に勝ったのは此方側。負けた方がどうなるかは、大体予想がつくが。


「は、ラヴィーネの魔法によってフリック・クライバー以外を無力化させた後、捕縛を試みました。しかしフリック・クライバーは激しく抵抗。半日に渡る戦闘の末、自害しました」
「それは残念。捕虜に出来れば、色々使い道もあっただろうに」
「申し訳御座いません」


普通の騎士であれば、殺してしまっても問題ない。だが、七賢人――魔法使いならば話は別だ。魔法使いは、帝国が研究を進めている生体兵器の『素体』となる。女ならば生体兵器を生み出す為の『苗床』になるし、男ならば直接細胞を埋め込み、手軽に強力な個体を確保出来る。どちらも成功率は低いが、成功した際の見返りは非常に大きい。
故に帝国は、敵国である王国の魔法使いは出来る限り殺さず、捕虜にする様にしていた。過去には魔術師も捕らえ、実験に用いていたが、魔法と異なり、知識が必要な魔術は知性の低い生体兵器と相性が悪かった。
その七賢人は、捕虜になった己の末路を理解していたのだろう。故に、自らを利用されない様、精いっぱいの抵抗をした後、自害した。賢い選択だったと言えよう。


「お前が謝る事ではないよ。しかし貴重な魔法使いだ。次は上手くやりなさい」
「はっ!」


何にせよ、敵の主力の一部を殺す事が出来たのだ。此処は素直に喜ぶべきだろう。それに魔法使いは一人ではない。残る七賢人や、魔法使い達を今後何らかの形で捕らえる事が出来たなら。考えるだけでも愉悦が止まらない。


「それと、例の研究は進んでいるのかな?」


一通り書類の字面に目を通し、顔を上げたユーベルは思い出した様に男達に訊ねる。現在、生体兵器の研究と並行する形で進めている、ある研究。其方に進展があれば、今後生体兵器の運用能力の大幅な向上が期待される。


「順調です。先日南方の国境付近にて、帝国建国前のものと思われる研究所が発見されました。今後調査団を派遣し、調査を行う予定です」
「素晴らしい」


少しずつ、だが確実に。帝国が大陸全土を支配する準備が進んでいる。この儘王国を倒す事が出来れば、大陸で帝国に歯向かう存在はほぼ無くなる。一応、中立都市と言う存在も残っているが、『中立』で無くなってしまえば何の問題も無い。一国家として存在している様だが、その力は帝国や王国に比べ劣る。その気になれば何時だって潰す事が出来る。保守的な魔女達もそう簡単に動きはしない。慎重と言えば聞こえは良いものの、そうして何時までも動かずにいる事は、ユーベルからすれば愚行でしかない。


「帝も喜ぶ事だろう。お前達の働き、期待しているよ」
「はっ!」
「帝国万歳!」


全ては、国を統べる帝の為に。
ユーベルの台詞に、男達は背筋を伸ばし、敬礼で応えて見せる。そう、自分達は国の為、国を治める帝の為に生きている。帝国の民は須らく、帝に忠義を尽くさねばならない。必要ならばその身を、命を、投げ捨てる覚悟を持たねばならない。

男達の帝への忠誠を確認し、ユーベルは満足気な笑みを浮かべながら答礼を送り、その場を後にした。




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