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ラヴィーネの部屋は地下にある。
以前は地上階にあったが、彼が放つ冷気が余りにも強烈で、建物内が冬の様になってしまう為、隔離する形で地下に作られた。重厚な扉を何度も潜った先、決して広くは無く、殺風景で、部屋と言うよりは独房の様な空間。生体兵器であるにも関わらず、個人の部屋を与えられているのは特待遇と言えるのだが、生活感は全くなく、其処はラヴィーネにとってただ『眠る』だけの場所だった。
部屋に戻って来たラヴィーネは、中央に置かれているベッドに向かい、横になる。ベッドと言っても、一般的な就寝用のものでは無く、パイプのフレームの上に薄いマットが敷かれただけの粗末なものだった。まるで囚人か奴隷の様な扱い。けれど生まれた時からそう扱われていたラヴィーネが気にする事はなかった。
眠りは直ぐに訪れ、瞳を閉じてから数秒で意識が遠のく。体は思っていたよりも疲れていたらしい。お世辞にも寝心地が良いとは言えないベッドだったが、休息出来る状況と言うのは何よりも有り難い。以前に比べ、戦場に駆り出される機会が増えた。周りの人間は、戦いが有利な方向に進んでいるからだとか、王国を追い詰めて来ているからだと言うが、外の情勢に疎いラヴィーネには良く分からない。
自分はただ、人を殺す為の道具なのだと。生まれた時から言われ続けていたし、実際そうなのだと思っていた。ヒトには無い強靭な肉体と、強力な魔法。生ける兵器とされ、常に恐れられて来た。きっとこれからも、そうなのだろう。それを疑問に思う事は無い。当然の事だと。自分では思っているが、弟達はどうやらそうは思わない様で。
薄れ行く意識の中、先程の心配そうな二人の姿を思い浮かべる。気遣ってくれている様だが、何故そこまでするのか。理解に至らない。ただ、自分を見てくれる、その真摯な眼差しは、嫌いでは無かった。
ラヴィーネが眠りに就くと、彼の纏う冷気は強さを増し、その身からは氷が『生えて』来る。ぴきぴき、ぱきぱきと。乾いた音と共に現れた氷はラヴィーネの身を包み、少しずつ広がって行く。眠りから覚めれば広がる氷は砕けるが、放っておけば室内全体が氷に覆われ、極寒の地と化す。何時だったか、一か月近く眠り、閉ざされている筈の扉の外にまで氷が進出し、騒ぎになった。その為、戦場に立つ必要が無くても定期的に軍の者が起こしに来る様になった。


「起きなさい、ラヴィーネ」


そして今回は。眠ってから一時間も経たない内に文字通り叩き起こされる事となった。頭部に強い衝撃を受け、沈んでいた意識は無理やり引き上げられる。身を覆っていた氷は簡単に破裂し、ぱらぱらと地面に転がった。何が起こったのか、驚き目を開くのと同時に、頭を何者かに掴まれ、持ち上げられる。


「……っ!」
「すまないね。眠るところを起こしてしまって」


何が起こったのかと。寝起きのぼんやりした頭を働かせ、目の前を見る。何度も瞬きを繰り返し、やっと鮮明になった視界に飛び込んで来たのは、自身の頭を片手で掴み、微笑むユーベルだった。すまない、と口では言っているが、その顔はにやにやと笑っており、とても悪いと思っている様には見えない。軍の最高司令官が、こんな隔離部屋までわざわざ足を運ぶとは。何の用、と。ラヴィーネが訊ねる前に、ユーベルが口を開いた。


「攻城戦は無事に終わった様だね」
「……、はい」


二日前に終わった、国境地帯での一戦。何の滞りも無く終わった戦だったが、何か問題があったのだろうか。ユーベルは失敗や失態を許さない。しくじれば、厳しい罰が待っている。今回は特に何事も無く済んだと思っている。しかし、眼前に迫られ、問われると心当たりも無いのに不安になる。異様な威圧感。正直、息が詰まりそうになる。


「大した化け物だよ、お前は。先程現場を見て来たが、人間はおろか、草木も残らず凍っていた。あんな事が出来るのは完成型の中でもお前だけだよ。嗚呼、おぞましい、おぞましい。正しく、悪魔の所業だ」


けれどそんなラヴィーネの心配を裏切る様に、ユーベルは賛辞の言葉を紡いだ。賛辞と言うには酷い物言いだったが、ユーベルなりに褒めてくれているのだと、ラヴィーネは思う様にしていた。
頭を掴んでいない方の手がラヴィーネの頬に伸び、上から下に向かって撫でられる。冷え切った身体に触れる温かな感覚は心地良く、僅かに目を細める。愛玩動物を愛でる動作にも似た動きは、彼を知る者が見れば不気味極まり無く、頭でも打ったのかと思いそうなものだったが、ラヴィーネには理解が出来ない。ただ褒められた事は素直に嬉しく、小さな声で『ありがとうございます』とだけ返した。
まさかその言葉を言う為だけに来たのだろうか。それならば部下に言伝をすれば良いだけの話である。そうしないのは、ラヴィーネに対するユーベルの執着が他の二個体よりも飛び抜けているからか。
乱暴に扱われても抵抗しないラヴィーネにユーベルは笑みを深め、更に言葉を続ける。


「次は一週間後、東の国境地帯を攻める。覚えておきなさい」
「はい」
「これからお前の出番は増える。休める時に休んでおくように」
「はい」
「それと、お前はあくまでも兵器だ。他の二人との家族ごっこは程ほどにしなさい」
「わかりました」


従順な答えを聞き、満足したユーベルは頭を掴んでいる手を放し、ラヴィーネを解放する。もし此処にグルートとレーレが居れば、家族ごっこと言う言葉に憤りを感じただろう。ラヴィーネがそうならないのは、元から感情が希薄だからか、或いは右から左へ流す術を心得ているからか。ラヴィーネから離れたユーベルは扉に向かい、最後に手を振り、部屋を去って行く。


「…………」


ユーベルが去った事で、部屋に静寂が戻る。先程言われた言葉を頭の中で反芻し、ラヴィーネは小さく息を吐く。これから忙しくなる。それは構わないが、弟達はどう思うだろうか。自分の事を心配する余り、上に噛みついたりしなければ良いが。
また暫く会えなくなるだろう彼等の姿を思いつつ、ラヴィーネは再び眠りに就いた。




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