6

「うわ」
「げっ」


二人の背後には、何時から其処に居たのか、ユーベルが微笑みながら立っていた。微笑む、と言っても形だけで目は相変わらず笑っていない。その存在を見た瞬間、レーレとグルートは揃って嫌悪感丸出しの声を上げ、直ぐに一歩下がり、彼との距離を取る。


「やれやれ。完成型が三体揃って何をしているのかと思えば……家族ごっこのつもりかね」
「……ッ」


家族ごっこ。そう言われれば聞き捨てならず、グルートがユーベルを睨む。今にも手を出しそうなグルートの様子に、レーレは落ち着く様彼の服の裾を引っ張り、自分に意識が行く様に仕向ける。そう、自分達は家族だ。血の繋がりが本当にあるのかは分からないが、互いの事が何より大切だし、深く愛している。ごっこ、等と言う言葉で片付けられる程、自分達の関係は軽くない。
馬鹿にされれば腹が立つのは当然だ。けれど相手は仮にも上官。そうでなくても『生みの親』なのだから、逆らう事は許されない。逆らった所で勝ち目が無いのは分かっているが、それでも噛みつこうとするグルートの姿勢に、レーレは毎度の事ながらひやひやする。


「お前達と違ってラヴィーネは忙しいんだよ?」
「忙しいって、テメエ等が無理やり働かせてんじゃねえか」
「仕方が無いだろう? レーレはともかく、お前は単細胞で我々の作戦を理解出来ないのだから」
「……あ?」
「完成型で一番のぽんこつはお前なんだよ? ……全く、魔法使いの素質が無ければ失敗作として処分したのに」


溜息交じりに返して来るユーベルの言葉に、グルートのこめかみが引き攣る。瞬間、レーレは嫌な予感がし、グルートを見上げる。頼むから、堪えて欲しいと。そうレーレは願ったが、声を掛けようとする前にグルートは動いていた。


「……っとに、毎回毎回むかつくんだよテメエはよぉ!」


吠える様に声を上げ、握った拳でユーベルを殴り飛ばすべく襲い掛かる。炎を発現させないのは、近くにレーレが居り、巻き込むまいと考えているからか、それとも発現させる事そのものを忘れているからか。
力任せの一発。まともに喰らえば普通の人間は顔の骨が砕け、吹っ飛ばされる。生体兵器の身体能力故の、強烈な攻撃。繰り出したそれはユーベルの顔面に確かにめりこんだ――が。


「全く、馬鹿はこれだから困る」
「……っ」


ユーベルの体は吹っ飛ぶどころか、その場から全く動かなかった。手応えは確かにあった。ただ、拳に当たった感覚は人間の柔らかな肉のものではなく、もっと硬い、岩の様なものだった。
何が起こったのか。グルートが繰り出した拳を僅かにずらすと、其処に答えがあった。ヒトのものではない、きらきらと輝く鉱石の肌。一瞬で『変化』させ、防いだのだろう。グルートが感じた手応えは、人間を殴ったものではなく、硬い岩を殴った時の衝撃だった。
これは、魔法使いの。グルートが状況を理解するよりも先に、ユーベルはグルートの腹部に蹴りを入れ、直ぐ傍の壁へと吹っ飛ばす。2mを超す巨体だったが、グルートの身は石ころの様に簡単に浮き、壁に叩き付けられた。


「ぐ、えっ……!」
「兄さん!」


背中を強かに打ち、その儘ずるずると凭れ掛かる様にして床に落ちる。蹴り飛ばされたグルートの身を案じ、レーレが駆け寄ると、ユーベルが蹴る為に持ち上げた足を下ろし、言葉を紡ぐ。


「私に勝てないのは分かっている事だろう? 馬鹿なのは仕方ないとして、すぐに感情的になるのは直して欲しいものだ」
「……わざと煽る様な事を言うのは、どうなんですか?」
「この程度で煽りになると? それでは戦場で敵に良い様に踊らされるよ」


蹴られた腹と打ち付けた背中、交互に痛がるグルートを労わりつつ、レーレは反論する。出来るだけ冷静に、控えめに言ったつもりだったが、言葉の端には棘が滲んだ。しかしユーベルはそんなレーレの言葉をあっさりと聞き流し、鼻で嗤いながら踵を返す。どうやら外に出るらしい。


「お前達も、いずれ働いてもらう。それまで余計な事はせず、体力を温存しておきなさい」
「…………」
「……分かりました」


グルートは無言で、レーレは表面上は従順に。それぞれの反応を示し、歩いて行く背中を見送る。人間でありながら、生体兵器の完成型を簡単にあしらう力を持つ、脅威の存在。自分達は虐げられる事に――鬱憤は溜まっているが――慣れたが、彼の周りや外の人間は果たしたどう思っているのだろうか。
生体兵器よりも化け物の様な。そんなユーベルの事を、詳しくは知らない。軍の最高司令官で、『魔法使い』であると言う事は確かだが。それ以上の事は知らない。知る事も出来ない。


「兄さま、大丈夫かな……」


彼に一番執着されている兄の次第を思いながら。レーレは隣で去ったユーベルに対し、犬の様に唸り声を上げるグルートの背を擦った。




[ 135/167 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -