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「レライエ、戯れが過ぎるぞ」


目の前で繰り広げられる展開を見かねたシトリーが、やや強い口調でレライエを咎め、制止する。その声を聞いた途端、それまでニュクスにべったりと絡んでいたレライエは何事も無かったかの様にすっと身を離した。迫っていた顔が遠くなり、触れられる感覚も無くなった事で、ニュクスは安堵の吐息を漏らした。シトリーが止めなければ、今頃どうなっていたかも分からない。
ニュクスは、レライエに気に入られているのだとは思う。ただ、彼のスキンシップは何時も過激で、如何な対応をしても彼の都合の良い様に受け取られてしまう。それによりべたべたと纏わり付かれ、時には襲われかける。貞操の危機、等と言う可愛い言葉では過去のそれは言い表せない。いっそ嫌われたいとも思ったが、彼を怒らせると何をされるか分からない為、結局何も出来ずに今日に至る。


「まだ何もしていないじゃないか」
「黙っていたらするつもりだったのだろう?」
「それはそうだけれど」
「殴るぞ」


有無を言わさぬシトリーの脅迫にレライエが苦笑し、唇の間から舌を出しつつ、双肩を竦ませた。シトリーに本気で殴られれば、打撲程度では済まされない。勿論シトリーが本気で殴る事はそう無いのだが、過去に何度か経験の有るレライエは、その脅威を身を以て知っている。余計な事はするべきでは無い。


「それで、何か用が有って来たのだろう?如何した?」


一瞬重くなった空気を変えようと、シトリーは早々に話題を切り替え、レライエへ訊ねる。ニュクスもそれが気になり、軽く上体を捻って後方に居る彼を見遣った。
するとレライエは思い出した様に一人で頷き、シトリーの方へ歩み寄り、隣へ腰を下ろした。客人の前だと言うのに遠慮は無く、シトリーの肩にしな垂れ掛かり、その耳元で囁く様に要件を伝える。
内容は簡易なものだったが、シトリーには直ぐに伝わった様で、急にニュクスへ向き直ったかと思えば、申し訳なさそうに言葉を紡いだ。


「仕事が入ってしまった。来たばかりですまないが、今日はもう帰ってくれないか」
「……へえ、この時間帯にお前も動くのか」


シトリーがレライエから聞かされたのは、彼等が所属する組織からの伝達だった。しかし、シトリーが活動しているのは基本的に日中で、夜に仕事を与えられるのはレライエである事が殆どだ。今回の様子だと、二人同時に動く事になるのだろう。珍しい事もあるものだと、ニュクスは緩く瞳を瞬かせながら二人を交互に見た。


「火急の命だ。夜明けまで、と期限を与えられてしまったのでな」
「レライエが一人で行けば良いじゃねえか」
「上の判断だ。そう言う訳にも行かない」
「相変わらず硬ぇな」


シトリーがレライエに促され、二人揃って立ち上がる。それを見たニュクスもまた、後を追う様に立ち上がった。


「おや、ついて来る気かい?」
「仕事が終わって暫く暇なんでな」


だが、それは帰る為ではなく、二人の仕事を見に行く為であると。彼の魂胆を見抜いたレライエが先に訊ねると、ニュクスは不敵な笑みを浮かべて見せた。
通常なら、断られる。二人がしている仕事は常に危険を伴う。どちらもニュクス達が住まう南エリアでは有名な実力者だ。彼等だからこそ熟せる仕事に、部外者が面白半分、野次馬根性で見に行って、無事でいられる保証は無い。何より、外部に漏れると不都合である内容ならその時点で門前払いだ。
ただ、ニュクスもまた、南エリアで名を馳せる実力者だ。己の身は己で守れる。その自信が有るから、暇潰しと称して二人について行こうとするのだろう。

そんな彼をレライエは笑った儘見詰め、シトリーは何かを考える様に腕を組み、沈黙した。室内に掛け時計の針が刻む規則的な音のみが響く。何回響いたかは、室内に居る三人誰もが数えなかった為、分からないが。
暫くして、シトリーは部屋の出口となる扉へレライエと共に向かい、残るニュクスへ肩越しに視線を遣りながら淡々とした口調で言い放った。


「……仕事の邪魔だけはするな。それさえ守れるなら、好きにしろ」



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