2

「い"ぶっ……!?」
「この低能が。今が大事な時期だと、何度も言ったね?」


うつ伏せの状態で倒れたグルートの頭部に蹴った足を乗せ、体重を掛けながらユーベルが罵倒の言葉を投げ掛ける。容赦なく圧を加えられ、頑丈な筈のグルートの頭部にみしみしと、嫌な音が響いた。相変わらず微笑んでいるが、目は完全に笑っていない。ぐり、ぐりと。グルートの頭部に乗せている足に捻りを入れながらユーベルは更に言葉を続けた。


「本当にお前は力以外使えない。図体ばかり大きくて、頭の中は空っぽか?」


現在、帝国は王国と戦争をしている。少しずつ、だが確実に侵略を進めており、まさに今が正念場。そんな時に、グルートは中立都市で問題を起こした。幸い、大事には至らなかったものの、もし此処で中立都市を敵に回す様な事になっていたらと思うとぞっとする。
これ以上問題行動を起こし続けるならば、行動範囲を制限する必要がある。しかしそうなる事は避けたい。『完成型』の脅威は或る程度世間に知られている方が都合が良い。魔法使いを凌ぐ圧倒的な戦闘能力を誇示する事で、周囲に脅威を知らしめ、帝国に下手な事は出来ないのだと思わせる。三体いる『完成型』の中で、グルートはその役目に最も適している。
言いたい事は山ほどある。これから一つずつ、ねちねちと責め立ててやろうと思ったが。ユーベルのそれは、室内に現れた新たな人物によって阻止された。


「お取込み中失礼します」


若い男の声。しかしユーベル、グルート共に聞き覚えのある声だった。グルートの頭を踏むのを止め、ユーベルが顔を上げて其方を見遣ると、部屋の入口に声の主が立っていた。
背中まで伸びる、所々跳ねた新緑の髪に、紺色のヘアバンド。白いシャツに黒のスラックスと、研究所の者と言うには少々ラフな格好。丸みのある金色の双眸に、小柄な体躯。顔立ちは何処かグルートと似た、少年と青年の中間の様な風貌の、その男は。


「おや、レーレ、軍議は終わったのかな?」
「はい。先程」


レーレと呼ばれた男はユーベルの問い掛けに小さく頷き、恭しく頭を下げる。その際、床にうつ伏せの状態で倒れているグルートへ一瞥を送るも、直ぐに頭を上げると用件を告げるべく口を開く。


「その報告を、シノノメ大佐がしたいと」
「……ふぅん」


部下の名前を聞き、ユーベルが僅かに目を細める。その人物がユーベルを呼んでいるからと、レーレは言いに来たらしい。水を差された様な気がして気に入らないが、呼ばれているのであれば行かなければなるまい。グルートの頭から足を退かし、小さな溜息を吐く。その間に、グルートは身を起そうとするが、それよりも早くユーベルが蹴りを繰り出してくれば避ける間もなく頭部に一撃を受け、再び床へと沈む。


「うっげ……!」
「次は無いと思え」


吐き捨てる様に言うと、ユーベルはレーレの横を抜け、部屋から出て行った。レーレはその後ろ姿を見送り、廊下の奥へ消えて行くのを確認すると扉を閉め、未だ倒れた儘でいるグルートの元へと歩み寄る。


「兄さん、大丈夫?」


強烈な一撃を受け、呻くグルートに気遣う言葉を投げ掛ける。兄、と呼んだその通り、グルートはレーレの兄になる。本当に血の繋がりがあるのかどうか、本人達には分からないが、彼等は本能的に互いを兄弟と認識していた。
グルートを兄として慕い、敬愛しているレーレは先程のユーベルの行動に強い不快感を覚えていた。本当ならばその場で手を出し、殴ってでも制止したいところであったが。生みの親であり、上司でもある相手に逆らう事等、許される筈もなく。平静を装いながら、黙って見ている事しか出来なかった。




[ 131/167 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -