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大陸の北東に位置する大国――イズルヒ帝国。
『帝』が治めるその国は、現在最も力がある国とされ、大陸の大半を支配している。元々小さな国だったが、代々『帝』となる者が周囲の土地を侵略し、奪い、支配する事で少しずつ勢力を拡げて行った。
封建的な軍事国家。その実態は、外の国の者達には余り知られておらず、謎の多い国でもある。


「ユーベル様、被験体No.10223……グルートの怪我が完治しました」


王都にある、生体兵器研究所。
其処で研究者が提出した資料に目を通していた長身の男――ユーベルは、室内に入って来た部下の声を聞くと、持っていた資料を机に放り、立ち上がった。


「此方へ来る様に言いなさい」


丁寧に編み込まれた、紫がかった黒髪。切れ長の双眸は黒く、鋭い。口元は弧を描いているのに、その目は一切笑っておらず、不気味な印象を受ける。帝国軍の最高指揮官でありながら、生体兵器研究の権威でもあり、帝に最も近いとされる存在。理知的ではあるものの、冷酷で、残忍で、無慈悲。彼を知る者はそう囁き、畏敬の対象としている。
ユーベルの命令を受けた男は大仰とも言える動作で敬礼をし、踵を返すと部屋を出て行った。


「全く、言う事を聞かない馬鹿は困る」


国をあげて研究が進められている生体兵器。その『完成型』の一柱とされるグルート。
能力的には完璧だが、知性と品性にやや欠ける所があり、時折、扱いに困る事がある。自己中心的で我儘な性格の為、或る程度は自由にさせているものの、至る所で問題を起こしては研究者達の頭を悩ませる。
そんなグルートが先日、出掛けた先で何者かと戦闘になり、片腕が切断された状態で帰って来た。鋭利な刃物ですっぱりと斬られた様な傷で、その儘の状態であれば簡単に縫合出来る所を、あろう事か彼は応急処置と称して傷口を焼いてしまっていた。その為、切断箇所の治療には本来ならば数時間で済む所が数日掛かり、研究者達の手を煩わせた。
一体どんな相手と戦ったのか。治療に当たった者達は口々に訊ねたが、グルートは不機嫌そうに『良くわかんねえ』としか答えなかった。


「やっと治ったね」


研究者たちに連れられ、部屋に通されたグルートを見て、ユーベルは微笑みながら声を掛けた。治療を担当した研究者も傍らに控えており、彼は随分委縮している様だったが、グルート自身はむすっとした表情で腕を組み、そっぽを向いている。その組んでいる腕――切り落とされた部分は元通りになっており、傷跡も無い状態だった。自己治癒、再生能力に優れている為に、多少の怪我ならば何ともない処だが、流石に今回は時間が掛かった。切り落とされた腕を彼が持って帰って来なければ、完治には更なる時間を要しただろう。


「上の者達を刺激しない、これを条件にお前を自由にさせているんだが」


コツコツと、硬質な靴音を立てながらユーベルがグルートに近付く。それを見た治療担当の研究者は何かを察したのか自ら数歩下がり、二人のやり取りを見守る。
手を伸ばせば互いに触れられる程の距離になっても、グルートはユーベルの方を見ようとしなかった。気まずいのか、それとも見るのが嫌なのか、或いは両方か。反抗的とも取れるグルートの態度に対し、ユーベルは微笑みながら言葉を続けた。


「魔女達が動いたそうじゃないか」


グルートが隠しても、中立都市で活動している諜報員達が或る程度の情報を拾って来る。直接現場を見ていなくとも、重鎮である魔女達に動きがあったと分かれば必然的にユーベルの元へ連絡が行く。今回の件は、その原因がグルートにあり、結果的に南と東の魔女が姿を現し、彼と接触したと、通達があった。
ユーベルの言葉を聞き、グルートは僅かに眉を寄せる。矢張り、ばれてしまっている。適当に誤魔化す事が出来ればと思ったが、それは甘い考えだった。
気まずい沈黙が流れる。時間にしてほんの数秒。けれどそれがとても長い時間の様に、その場にいる者の殆どが感じていた。
沈黙を破ったのはユーベルだった。ひゅ、と空を切る音と共にグルートは足に強い衝撃を感じ、バランスを崩して床に倒れ込む。どん、と。巨体が沈む音と衝撃に研究者達は一瞬何が起こったのか分からなかったが、ユーベルが片足を持ち上げているのを見て、彼がグルートに足払い――と言うにはかなり強引な蹴り――を繰り出したのだと理解した。




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