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「そう言えば、お外の方は大分不穏になってるみたいですよ」


現場を去り、日が沈んだ事ですっかり暗くなった路地を歩いている最中。
ジェレマイアは思い出した様に『あ』と声を上げ、ニュクスに話題を投げ掛けた。


「……外?」
「ええ、帝国と王国の」
「元から不穏じゃねえかよ」
「いえ、それが最近になって酷くなったんですって」


何で今、その話を。ニュクスが怪訝の色を滲ませると、ジェレマイアは困った様な表情で言葉を続ける。


「帝国側は、例の三体を全て稼働させてるらしいです」
「完成型か」
「はい。グルートとレーレは少し前から。それから、ラヴィーネも動かし始めて……ニュクスくんが死んでいる間に、帝国の領地は一気に広がりました」
「…………」


グルート、レーレ、ラヴィーネ。
帝国が開発している生体兵器の中でも突出した力を持つ三体の『完成型』。見た目は人間と大差ないが、その内には高い身体能力と、優れた知能、理性を兼ね揃え、更に魔法使いの素質を宿す。生きる天災とも言える彼等は、扱い方を誤れば自らが犠牲となりかねない危険な存在で、帝国も今まで稼働には慎重であったと聞いた。彼等を全て稼働させていると言う事は、王国への侵略に本気であるとも取れる。


「グルートの目撃情報、最近増えてたんですよね」
「あー……つまりそう言う」


完成型の稼働率が上がるという事は、彼等を見掛ける機会も増える。帝国が完成型をどれ程自由にさせているかは分からないものの、災害レベルの存在が動き回っていれば、物騒の一言では済まされない状況となる。


「だから、王国側も宮廷魔導師達が頑張ってるんですって」
「ガチの大戦争だな」


勿論、王国サイドも黙っていない。帝国の生体兵器に対抗するべく結成された、宮廷魔導師。数少ない魔法使いの中でも特に優れた実力を持つ者達が集う一団。その中でも、彼等を纏める長となっている男は『雷帝』と呼ばれ、一人で完成型と互角に渡り合えると言う。
帝国の生体兵器と、王国の魔導師。双方が全力でぶつかればどうなるか。想像するだけでもぞっとする。


「何時かはそうなるとは思ってたけどよ」


帝国と王国の戦争が勃発したのは十年程前。大陸で最も力があるとされる帝国が、王国を自らの手中に収めんと侵略を始めた。しかし王国はこれに反発。徹底抗戦の構えを見せ、今日に至るまで血で血を洗う争いを続けている。互いに一歩も譲らぬ争いにより、此処数年は膠着状態が続いていたが、生体兵器の研究を進めていた帝国の力が最近になって勢い付いて来た。もしかしたら、この儘一気に王国を滅ぼそうとするかも知れない。


「中立都市も、戦争に備えないといけなくなりますかね」
「……だろうな」


もし王国が敗け、滅ぶ様な事があれば、次に狙われるのは間違いなく中立都市だ。帝国と王国、二つの国に挟まれる事で今日まで平穏を保っていたが、どちらかが滅べば、その中立は意味を成さなくなる。
中立都市は見捨てられた者達の楽園だ。世間の『普通』と言う枠から外れ、居場所を失った者の為に作られた、最後の拠り所。其処を失えば、住んでいる者達の未来は無い。
守らなければいけない。何を犠牲にしてでも。しかし、守り切る事が出来るのか。中立都市は王国よりも小さい。住んでいる者も異端者が殆どだ。魔法使いや魔術師も居るが、全員集まった所で大国である帝国に一体何処まで対抗出来るのか。


「本当、先行きが不安で仕方が無いですよ」


自分達があれこれ考えた所で、どうしようも無いのだが。
漠然とした不安を抱えながら、ニュクスとジェレマイアは速足で目的地へと向かう。
そんな彼等を見守る様に、空には僅かに欠けた月が煌々と輝いていた。




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