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「いやいや、ニュクスくんちょっと待って下さい。それまずいですって。ねえ、ちょっと、聞いてます?」


此処で人質が死ねば、今までの苦労は水の泡だ。それだけは避けたい。建物へ向かうニュクスがどうするのか。防弾用の盾を構えている治安部隊の隊員の陰から顔だけ覗かせ、ジェレマイアは説得を試みる。何故に強盗では無く味方である筈のニュクスを説得をしなければならないのかと。声を大にして言いたいそれを必死に飲み込み、ジェレマイアはニュクスに声を掛け続けた。


「この儘じゃ埒が明かねえ。強行突破するぞ」
「……は? え、ちょっと、まさか――……ッ!」


強行突破。その言葉を聞き、ジェレマイアは嫌な予感がし、表情を強張らせる。ニュクスは一人で何かするつもりだ。何をするつもりなのかは――正直なところ余り分かりたくなかったが――何となく分かる。
ニュクスと銀行の建物の距離は、残り僅か。其処まで来たところで、強盗の一人が人質である女性を連れ、外に出て来る。『こいつがどうなっても良いのか!』と。お決まりとも言える脅しを掛け、持っている銃を女性の頭部に押し付けて見せた。女性は目に涙を浮かべ、助けて欲しいと言わんばかりにニュクスを見詰める。この儘では本当に撃たれてしまう。頼むから、此処は大人しく下がってくれと。必死に訴えかける眼差しに対し、ニュクスが次に取った行動は、其処に居る誰もが目をひん剥くものだった。


「今の俺は機嫌が悪くてよ。他人の事を考える余裕もねえんだ」


目に見て分かる脅しを掛けたにも関わらず、ニュクスは怯むどころか不気味な程爽やかな笑みを浮かべて言い返す。やがて、動くなと叫ぶ男の警告を無視し、両手を広げるとその中に巨大な銃身を生み出し、独特の金属音と共にそれを構えて見せた。


「あ……」


ニュクスが顕現させた銃を見て、ジェレマイアは小さな声を上げ、全てを悟った様な表情になる。彼の言う通り、機嫌が悪く、他人の事を考える余裕は全く無い。ただただ、彼は溜まった鬱憤を晴らしたいのだと。そして、その為なら多少の犠牲も厭わないと。自己中心的で身勝手な考え。子供染みているとも言えるが、指摘した所で今のニュクスが耳を傾けるとは思えない。
せめて人質が無事であれば良いと。両手を組んで祈るポーズを取りながら考えつつ。ジェレマイアはそっと、盾を構えている治安部隊の隊員の後ろへ隠れた。


「そう言う訳だから」


何がそう言う訳なのかと。その場に居る誰もが突っ込みを入れたかったが。ニュクスは持っている機関銃の銃口を前へと向けると、勝利宣言とも死刑宣告とも取れる言葉を強盗に放ち、引き金を引く。


「手短に死ね」


次の瞬間、弾ける様な音と共に無数の弾丸が強盗と、その背後にある建物へと放たれた。


「あー……あー……」


阿鼻叫喚。その場の状況を説明するならば、この一言に尽きる。ジェレマイアは見てられないとばかりに頭を抱え、座り込んだ。
ニュクスの目の前に立っていた強盗は銃弾を浴び、後ろに倒れ込む。しかし、人質とほぼ密着した状態であったにも関わらず、人質の方は一切被弾しておらず、強盗と共に倒れた後、その場で頭を抱えて伏せる形となった。そうしている間にニュクスは重機関銃を抱えた状態でゆっくりと前進し、建物の中に残っているだろう他の強盗達を殲滅しようと銃撃を放ち続ける。本来、重機関銃は人が簡単に持ち運べる様なものではない。それを軽々と持ち歩けるのは、彼が銃使いと呼ばれる特異な存在である為か。


「おらぁ! 死にたくなかったらとっとと逃げろよぉ!」


気持ちが昂っているのか、普段以上に口調がきつく、荒い。弾切れを知らない重機関銃を手に、ニュクスは反撃の隙も与えぬ儘建物の中へと入り、蹂躙して行く。こうなるともうどちらが悪者なのか分からないが、外に残された者達が介入する隙は無く、ただただ見守る事しか出来なかった。
銃声と、罵声と、悲鳴。それらが絶えず響き渡り、どれ程の時間が経ったのか。鳴り響いていた銃声は止み、無数の銃弾によってぼろぼろになった建物からニュクスが出て来た。


「終わったぜ」


待機していた――基させられていた――治安部隊とジェレマイアの元へ歩み寄り、ニュクスは言う。強盗達のものだろうか。返り血に濡れた姿が何ともおぞましい。


「あの、中は……」
「強盗全員ぶっ潰して来た。人質はまあ……怪我人は居るが生きてるぜ」


重機関銃を派手にぶっ放しておきながら、人質が全員生きているとは。建物の中で強盗に狙いを絞り、制御が難しそうな銃を撃って倒す。他の者ではとても真似出来ないだろう。そんなニュクスの行動に呆れながらも感心し、ジェレマイアは苦笑した。


「派手にやらかしましたね」
「解決したんだから良いだろ」


確かに事件はこれで解決した事になる。後片付けが大変かも知れないが、そこは自分達の関与する所では無い。あれだけ手こずっていた制圧作戦が、ニュクス一人の活躍でこうもあっさり終わると、何とも言えない気持ちになる。自分は何の為に此処へ来たのだろうかと考えつつ、ジェレマイアは治安部隊の隊長である青年に『あとは頼みます』とだけ言い、ニュクスの隣に立った。


「取り敢えず、マスターの所に戻りますか」
「そうだな。報告済ませて、飯にしようぜ」


先程の一方的な攻撃でそれまでの鬱憤が少しは晴れたのか、ニュクスは笑いながら言って歩き出す。それに続きながらジェレマイアがちらりと後ろを振り返れば、治安部隊の隊員達が建物内に入り強盗達を拘束し、人質の救助作業に取り掛かっているのが見えた。制圧は終わったが、建物の修理代や怪我人の治療費を請求されないか、それだけが少し気がかりだった。報酬金額は悪くないものの、それで減額されては堪ったものではない。しかも、原因が相棒であるニュクスにあるとすれば、猶更だ。


「……苦情が来ないと良いんですけど」
「何か言ったか?」
「いえ、何も。ところでシャワーは浴びないんですか? 血だらけですよ?」
「あー……マスターのところ行く前に帰って浴びてくか」


血塗れの状態で月桂樹に行けば、マスターの顰蹙を買うのは間違いない。小言で済めば良いが、臭いだ汚いだ言われて出禁にされる可能性も全く無いとは言えない。ニュクスは頷き、先に自宅へ戻る事にした。思えば、死んでいる間は――当然だが――自宅に戻れていない。期間にして数週間、空けていた我が家はどうなっているか。出かける前にカギは掛けてあり、人の出入りは全くない筈だが、気になるものは気になってしまう。もし侵入されて荒らされたりもしていれば、気分が悪い。マスターの所へ行くのは、自宅に戻ってシャワーを浴びてからでも遅くは無いだろう。




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