3

「冷たい事を言うじゃないか。私はお前に会いたかったよ?」


それまで二人しか居ないと思っていた室内に突如として響いた、第三者の声。
その言葉が終わる直前、紅茶を啜っていたニュクスの背後から細い手が現れ、ソファの背凭れから僅かにはみ出ている彼の首に絡み付く。そして腕の主は互いの体の距離を縮めんと、背後に立つ人物はニュクスの顔の直ぐ傍まで自らの顔を近付けた。
耳元に掛かる吐息に、ニュクスはぞわりと背中の皮膚が粟立つのを感じた。聞き覚えのある声と、存在を認識した瞬間に周囲に漂う仄かな甘い香。背後に誰が居るのか。振り返らなくとも分かる。


「部屋に入って来るなら、ノックをしろと何時も言っているだろうが」


部屋の構図からして、『彼』が何時この場に入って来たのか、ニュクスの向かいに座るシトリーは既に知っていた筈だ。しかし敢えて言わなかったのは、ニュクスが気付いていると思っていたからか、或いは深夜のアポ無し訪問に対するささやかな仕返しか。
シトリーは相変わらず表情を変えずに溜息を吐き、彼の行動を窘める。それまで飲んでいた紅茶のカップをテーブル上のソーサーへ置き、ニュクスは緩慢な動作で声のする方へ顔を向けた。


「久し振りだねえ、ニュクス」


顔を向けた先に居たのは、先程まで話題に上がっていた――ニュクスが会いたくないと言った人物だった。肩まで伸びる銀色の髪に、蒼い双眸を縁取る同色の長い睫毛。左耳に鎖で繋がれた十字架を下げ、男であるにも関わらず、女性の様な化粧をし、修道『女』の服を纏う、その人物の名は。


「……、嗚呼。邪魔してるぜ、レライエ」
「全く、暫く来ないと思えばまた死んで……蘇生してからもすぐに出て行ってしまうから、私は寂しかったよ」


ニュクスが彼――レライエの名を呼ぶと、呼ばれた当人は喜悦を表情を浮かべ、しなやかな指先でニュクスの頬を撫ぜて来た。軽いスキンシップのつもりなのだろうが、触れられる感覚は決して心地良くは無く、寧ろ不気味で触れられる度に怖気が走る。シトリーに同じ事をされてもこうはならないが、同じ容貌を持つ筈の彼にそれをされるのは、ニュクスは如何にも苦手だった。


「あー、そうか。それは悪かったな」


悪かったから取り敢えず離れてくれないか。触れて来る手をニュクスは自らの手の甲で払い、レライエから距離を取ろうと背凭れから身を起こしかける。
噂をすれば影が差す、等と何処かで聞いた事が有る気がするが、今ニュクスの背後に立っているレライエはそれを本当に実行する人物だった。本人にそのつもりが有るのか分からないが、彼が近くに居そうな所で彼の噂話をすると、必ずと言って良い程何処からともなく現れる。しかも、ただ現れるだけでは無く、噂をした人物に何の前触れも無くいきなり絡み付く。その所為で彼がトラウマになった人間を、ニュクスは何人も見て来た。


「そんな逃げる事は無いじゃないか」


自身から離れようとするニュクスの動きに気付き、レライエは絡める腕の力を強め、起きかけた彼の体をソファへ引き戻す。レライエはその儘背伸びをして身を乗り出し、逃げるつもりだったニュクスの顔を覗き込み、無理矢理視線を合わせた。
再び至近距離に迫ったレライエの顔に、ニュクスの表情が強張る。男を誘う女の仕草に似ているが、レライエの行為はどちらかと言うと獲物を捕食せんとする獣のそれだった。この儘だと良くてディープキス、悪くて脱がされ弄られる。その恐怖に、全身に鳥肌が立った。




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