3

「……それで、まだ開店前だってのに来た訳か」


夕方。
蘇生して間もないニュクスは一度自宅に戻り、適当に時間を潰した後、月桂樹を訪れた。
時刻は五時半。月桂樹の開店時間は六時からだが、ニュクスはそれを承知でまだ『CLOSE』の札が掛かる扉を開いた。店内で準備をしていたマスターはニュクスの姿に驚きながらも、『またか』と言わんばかりに溜息を吐き、何時もの席に座る様促した。
ニュクスは促される儘椅子に座り、マスターに自らが蘇生して間もない事を告げる。そして、死んでいる間に何か変わった事は無かったか教えて欲しいと頼み込むと、マスターは納得した様に頷いた。今回の死因は、前回と同じ暴君によるもの。恐らく――否、間違いなくその屈辱から苛立っているのだと。彼の開店前の来店に目を瞑らなければならない事情を察した。


「お前が知っておかなければならない様な事は特に無いな。街は大して変わっちゃいない」


少し早い夕食を注文するべく、お品書きに目を通すニュクスへ、マスターはお冷を出しながら説明を始めた。ニュクスを殺した後、暴君はジェレマイア、ユリシーズと交戦。魔女達が現れた事もあり、暴君は撤退。その夜の内に中立都市を出て行った。また、ジェレマイアとユリシーズは軽傷で済み、周辺の建物は一部が焼ける程度の被害であった。それからは特に都市内で目立った変化は無い。マスターはそれだけ言って締め括り、未だ注文する料理に悩むニュクスを見遣る。


「あの重力野郎は?」
「ナハトは音沙汰が無いな。潜んでるんだろう」
「ならあの人喰いは」
「イグナーツも今のところ大人しいな」
「パッサカリア」
「相変わらずだ」
「ちっ……どいつもこいつも」


過去に色々あった面々の名を挙げてみるも、現状はこれといった変化が無いと知らされ、ニュクスは小さく舌打ちをする。隙あらば腹いせにその頭を撃ち抜いてやりたいと思ったが、何の動きも無ければ此方からはどうしようもない。下手に襲撃に行けば、返り討ちにされる可能性もある。


「取り敢えずハンバーグと野菜スープ、ハイボールで」
「分かった」


がしがしと。乱雑に頭を掻きながら夕飯にする料理を選び、酒と共に注文する。それを受けたマスターは浅く頷いて調理に取り掛かった。
先にハイボールが提供され、やや遅れて温められた野菜スープと、焼き立てのハンバーグがニュクスの前に並べられる。ニュクスはマスターに礼を言い、最初にハイボールを一気に煽ってから料理に手を付けた。


「けどよ、良くあの魔女達が出て来たな」


湯気の出るハンバーグをナイフとフォークで切り分け、口に運びながら。ニュクスはふと、マスターが教えてくれた暴君が現場を立ち去るまでの顛末を振り返り、呟く。


「アリスは分かるが……ダイアナもだろ? 二人一緒に登場とはな」
「それだけ事態が深刻だったって事だ」
「帝国の最高傑作って言われてる奴が騒ぎ起こしてるのが、か?」
「お前が思っている以上に、魔女達は奴に敏感だ。これ以上奴が都市内をうろつくとなれば……黙っちゃいねえだろ」
「ふぅん……」


正直、面白くない。マスターの話を聞きながら、ニュクスは渋い表情になり、口に含んだハンバーグの欠片を咀嚼する。出来ることなら、あの暴君は己が何とかしたかった。現状、勝ち目は無いと分かっているが、それでも対抗策を捻り出し、あの自信に満ちた男を地にひれ伏させてやりたかった。しかし、中立都市の重鎮である魔女達が動くとなれば、己の出る幕は無い。


「これは知り合いからの情報だが……あの暴君は、まだ本気を出していないらしい」
「は? どこからの情報だよ」
「帝国で直接耳にしたそうだ。暴君には『リミッター』が付いている。本来のアイツの力は天災にも匹敵すると言われている。感情を爆発させて暴走しない様、帝国の上層部が付けたんだと」
「……マジかよ」


情報源は確かで、ほぼ間違いない。マスターは調理器具の片付けをしながら言い、意味ありげな視線をニュクスへ投げる。今の状態でも勝てないと言うのに、リミッターを解除されればどうなるか。考えるまでも無い。
お手上げとも言える状況にニュクスは眉間に皺を寄せ、人差し指の先端で何度も自らの頭を叩いた。ならばせめて、リミッターが解除されていない今の段階で何とか出来ないものか。魔女達よりも先に、あの男を倒す手立ては無いものか。必死に考えてみるものの、採用できそうな良い案は一つとして出てこなかった。




[ 124/167 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -