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その日は見事な満月だった。
最近は天候が不安定で、曇りか雨の日が続いていた。晴れた夜空を見れたのは、何日ぶりだろうか。一日の仕事を終え、窓の外で煌々と輝く球体を見ながら、シトリーは青い眸を細めた。
礼拝堂の灯りを消し、自室に戻る前にニュクスの様子を見ようと、彼が眠っている部屋に寄る。もしかしたら目覚めているかも知れないと思ったが、ニュクスは変わらずベッドの上にいた。この教会に運び込まれ、三週間。遺体の損傷が酷かった為、最低でも半月は掛かるとは思ったが。今回はその予想以上に、長く眠っている。欠損した部位や焦げた皮膚は完全に再生し、元の状態に戻っている。そろそろ目覚めてもおかしくないのだがと、シトリーはベッドの傍まで歩み寄り、彼の顔を覗き込む。


「…………」


其処でシトリーは、前回見た時とニュクスの様子が異なる事に気が付いた。穏やかな顔をして眠っている。今朝見た時とそれは変わらない。
だが、毛布が掛かっている胸元が、僅かだが上下している。顔を近付けてみると、呼吸をしているのが分かった。文字通り、息を吹き返したのだ。長かった死の眠りから、生の眠りへとようやく変化した。これならば後一日と待たずに目覚めるだろう。叩けば直ぐにでも起きそうだ。


「ニュクスの様子はどうだい?」


眠っているニュクスの様子を眺めていると、部屋の扉がノックも無しに開かれ、レライエが入って来た。寝起きらしく、眠た気に欠伸をしている。


「もう少しすれば起きるな」
「やっと……だねえ。今回は結構長かった気がするよ」
「損傷が酷かったからな。矢張り身体の一部が欠損していると、時間が掛かる」


何時もなら、もう少し早く蘇生する。これまでに何度もニュクスが生き返る瞬間に立ち会って来たが、今回は蘇生するまでにかなり掛かった。外傷が少ない時は数日で生き返る。しかし傷が深かったり、体の一部が失われていたりすると、程度によるがその部分の再生の為に更に数日、期間を要する。


「……起きたら荒れそうだね」
「間違いなく荒れるだろうな」


ニュクスは過去に何度も暴君に殺されている。それも目も当てられないほど無残に。運び込まれた時の状態を見る限り、相当苦しんで死んでいった筈だ。相手に成す術も無く、嬲り殺しにされて。苦痛に悶える姿を見て、暴君はさぞ楽しかっただろう。そしてプライドの高いニュクスには、屈辱以外の何物でも無く。
前回は、ベッドの上で毒吐くだけで済んだ。だが今回はどうなるか分からない。大声で叫ぶかも知れない。その辺のモノに当たり散らすかも知れない。取り敢えず、暴れるのだけは確かで、何とかして宥めなければならない。それはほぼ確定された事案だった。


「まあ、お前なら上手くあしらえると思うけれど」


そんなニュクスの姿を想像し、レライエは苦笑しながらシトリーに言う。ニュクスの蘇生に立ち会うのは基本的にシトリーだけで、他の者がその場に居合わせる事は滅多に無い。一度相棒であるジェレマイアを立ち会わせた際、生き返った瞬間に怒り狂い、大暴れしたニュクスを見て、『怖いからもういいです』と半泣きで訴えて来た。タイミングが悪かったのではないかと、その後も立ち合いを進めてみたが、ジェレマイアが首を縦に振る事は無かった。


「ああ、そうだ」


ニュクスの状態を知り、満足したのか。部屋を出て行こうとするレライエは、扉の前まで来て、思い出した様に口を開いた。


「暴君の情報なんだけど、少し集めてみようと思う」


此処数ヶ月、暴君により殺された者達の葬儀の依頼が増えている。仕事が貰えるのは有り難いが、帝国関係の者が殺していると言うのがどうしても引っかかる。一人二人ならまだしも、一度に何人も犠牲になっているのだ。そろそろ、帝国と中立都市との間に不穏な空気が流れてもおかしくない。友好的な関係ではないが、決して対立する様な事があってはならない。小さな諍いも、数が増えれば大きな問題に繋がる。
まかれた不穏の種が芽を出し、大きくなる前に。刈れるものは刈っておくに越した事は無いと。その為の情報収集を、レライエはシトリーに提言した。


「お前から動こうとするとは珍しい」
「たまにはね」


それは中立都市の未来を心から案じているからか。それともただの気紛れか。恐らく後者だとは思うが、片割れであるレライエが自発的に動く事は余り無い為、シトリーは特に反対する事も無く、黙って頷く。


「何かあったら教えるよ」


シトリーが頷いたのを見て、レライエは笑いながら手を振り、部屋を後にした。




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