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「ちょっと、だけ。ちょっとだけ」
「…………」


シトリーは困惑し、どうしたものかと悩み、黙る。カノンが持っている種は死者に植え付け、その養分を糧として花を咲かせる。養分を吸われた死体は塵と化すが、ニュクスにそれを植え付けた場合、どうなるのか見当もつかない。折角順調に肉体が再生し、蘇生に近付いている今の状態が、塵になってしまうのは正直いたたまれない。


「ちょっと、とは言うけどねえ……遺体はどんな感じになるんだい?」


悩むシトリーの横からレライエが顔を出し、カノンに訊ねる。花を咲かせる事により、ニュクスの体が塵になってしまえば、シトリーとレライエが施した処置が無駄になってしまう。カノンの言う『ちょっと』の行為で、ニュクスはどうなるのか。返答によっては断るのも手だと。レライエは首を傾げ、答えを待った。


「大丈夫、さらさらには、ならない」
「本当かい?」
「少し、からからするだけ」
「……からから、ね」


塵にはならないが、体の水分が少し抜ける。そういう事なのだろう。カノンの答えを聞き、レライエはシトリーに判断を委ねるべく、彼の方を見遣る。


「……蘇生は遅れるかも知れないが、良いだろう。手間賃の様なものだ」


金を貰っているとは言え、彼が死ぬ度に遺体を回収し、処置を施し、生き返るまでベッドで寝かせてやっているのだ。その手間を考えれば、蘇生が遅くなる事など、大した問題では無い。シトリーは溜息交じりにそう言い、カノンに種を植え付ける許可を出す。


「ありがとう」


許可を得たカノンは二人に頭を下げ、早速ニュクスの傍へ向かい、掛けられている毛布を捲った。種は何処へ植えるのか。シトリーとレライエが見ていると、カノンはニュクスの額に持っていた種を置き、小さな声で何かを呟き始めた。
シトリーとレライエが見守る中、ニュクスの額に置かれた種は溶ける様にして皮膚と同化し、暫くして皮膚を突き破る形で小さな芽が現れた。芽は直ぐに成長し、葉を広げ、先端に蕾を作り、やがてゆっくりと花弁を広げる。普通の植物では考えられない速度で成長した花は、完全に開くのと同時に七色に煌いて見せた。


「……これは驚いた」


咲いた花はカノンの掌に収まる程度の大きさだった。普段ならば、死体から咲かせる花は――個人差はあるが――もっと大きく、立派に育つ。しかし今回は『ちょっとだけ』と言う宣言通り、小さく控えめな花をカノンは咲かせた。養分を吸われたニュクスは先程よりも顔色が悪い様に見えたが、塵になる事は無かった。
ニュクスから咲いた花を見たシトリーは軽く目を見開き、レライエも意外そうな表情を浮かべる。カノンが死者から花を咲かせる光景は過去に何度も見てきた。老若男女、人によってさまざまな色形の花が生まれたが、どれも単色で、虹の様に輝くものは見たことが無かった。花は大体、その人を象徴する色になる。傾向として、生前善人だった者は綺麗な色になる。ただ、ニュクスの場合は他の者とは異なる『異質さ』を醸し出していた。綺麗ではある。だがこれはまるで人ではない、清らかな存在の様な。


「こんな花、見たことないね」
「すごい。きれい、きれい」


七色の花を手に取り、カノンは嬉しそうにその場で小さく跳ねる。茎や葉の無い、『がく』と花弁のみの花は鉢に植える事も、花瓶に挿す事も出来ない。枯れるまでの期間は持って精々数日だろう。それでもカノンはニュクスが咲かせた花に満足した様で、跳ねるのをやめるとシトリーとレライエに再び頭を下げ、部屋を出て行った。


「……レライエ」
「何だい、シトリー」


カノンが出て行った部屋の中、数秒の沈黙の後、シトリーがレライエに声を掛ける。


「私達は、何と対峙しているのだろうな」
「さあ……未確認生命体、みたいなのじゃないかな?」


ニュクスと言う存在について、考えれば考える程謎が深まる。この都市に、南エリアに『普通』の人間は居ない。しかしニュクスに関しては、人間なのかどうかも怪しい。見た目は人間だ。だが、内に秘めているものが人間の範疇を超えている気がする。
未だ死者の儘、目覚めぬニュクスの傍で。シトリーとレライエは何とも言えない表情で互いの顔を見合い、溜息を吐いた。




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