7

ニュクスが教会に運び込まれてから一週間。
その日の仕事を終え、ニュクスの様子を見に部屋を訪れたシトリーは、其処にいた先客の姿に眉を寄せた。


「起きていたのか」
「うん。私にしては早起きだろう?」


シトリーより先に部屋に来ていたレライエは、ニュクスが眠るベッドの端に腰掛けていた。日が沈んで間もない刻。早起きだというのは確かにそうで、普段のレライエならばあと一時間は寝床から出てこない。珍しい事もあるものだと、感心するのと同時に、シトリーは彼が何かやらかすのではないかと、軽い危機感を抱いていた。


「そうだな。それで部屋の片付けと夕食の準備をしていれば完璧だった」
「片付けはともかく、私に料理をさせて良いのかい?」


味覚がぶっ飛んでいるから、どんなものを作るかも分からないというのに。くすくすと笑いながら言うレライエへ、シトリーは『レシピ通りに作れば何の問題も無い』と言い放ち、彼の傍へと歩いて行く。未だ目覚めぬニュクスの身はどうなっているのか。確認をするべく、その身に掛けられている毛布を掴み、捲り上げる。


「大分戻って来たねえ」


此処に運び込まれた際の損傷具合は酷いものだった。しかし、今のニュクスは爛れた皮膚も元に戻り、失われている部位も少しずつ再生して来ている。欠損した箇所が完全に戻れば、目覚める日も近くなる。この状態だと、後十日前後と言った所か。
シトリーが観察する様に見詰める横で、レライエはニュクスの滑らかになった肌に触れ、その感触を楽しむ様に何度も撫ぜる。情交の際の愛撫の様に見えるのは、レライエが性に奔放な性格のせいだろうか。


「要らん事はするなよ?」
「うん? ……大丈夫だよ、私はネクロフィリアじゃないから」


シトリーの言う『要らん事』が何を指しているのかを理解しているらしく、レライエはくすくすと笑いながら言葉を返す。それを聞いたシトリーは小さく鼻を鳴らし、捲った毛布を元に戻した。いくら死んでいて意識が無いとは言え、その身を欲望の捌け口にされては、ニュクスも堪ったものではないだろう。葬儀屋としての矜持か、生真面目な性格故か、シトリーは死者を冒涜する行為を許さない。黙っていればバレはしないとレライエは言いそうだが、言ったら最後、シトリーのシャベルが頭に飛んで来る。


「……、……?」


ニュクスの状態を見て、満足したシトリーは部屋を出ようと踵を返す。しかしそこで、入って来た扉から控えめなノックの音が聞こえ、動きを止めた。この教会には、シトリーとレライエしか住んでいない。客人と言えば、礼拝に訪れる者位だが、それも一日に一人二人程度である。物取りや不法侵入者の可能性はまずないだろう。葬儀屋の幹部で、凶悪な双子として知られる二人が住む教会に侵入するのは相当の命知らずか阿呆である。
では一体誰が来たのか。疑問に思うより先に、扉はそっと開かれ、良く見知った少女が顔を覗かせた。


「……カノン?」
「おや、カノンじゃないか」


ひょこ、と。現れたのはシトリーとレライエも良く知る葬儀屋の花葬・カノンだった。珍しい客人にシトリーは驚き、レライエもまた意外そうに瞳を瞬かせる。彼女がこの教会を訪れる事はまず無い。大体、此処には彼女が心惹かれる様なものは何も無い。互いの仲は決して悪くはないが、幹部招集でも無い限り、普段会う事は無い。
何か用があるのだろうか。シトリーが訊ねようとして、先にカノンが口を開いた。


「お花、咲かせたい」
「……花?」
「銀月の、お花」


扉を閉め、二人の元へ小走りで駆け寄って来たカノンは、その手に持っていたものを彼らの前に出して見せる。白い、米粒の様な小さな種。それはカノンが仕事の際に良く使うもので、シトリーとレライエは彼女の言わんとしている事を理解した。
しかし。つまりそれは。


「ちょっと、だけ。ちょっとだけ」
「ちょっとだけと言っても……ねえ」




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