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「……っていう感じで。ニュクスくんって不思議だらけなんですよ」


翌日。深夜の月桂樹。
一人で店を訪れたジェレマイアは、先日暴君と接触したニュクスがどうなったか、またその現場を目の当たりにした自分達がどうしたのかを報告した。
暴君に一人で挑んだニュクスは返り討ちににされ、無残に焼かれ、殺された。そして、ジェレマイアも殺されそうになったが、加勢に来てくれたユリシーズと、後から現れた魔女達によって助かったと。しかし、暴君が去ってからからニュクスを教会に運び、其処で今まで気にしていなかった彼の謎に触れた。銃使いの異端者。しかし、死んでも生き返る身体を持ち、性別は男であり、女でもある。異端の力は一人一つである筈なのに、何故。疑問は解決する事無く、その場にいた者達の心の中に奇妙な蟠りとなって残った。


「そーいえば気にしたこと無かったなあ」


先客としてジェレマイアの隣に座っていたリュウトが、酒の入ったグラスを煽りながらのんびりとした調子で言う。既にほろ酔い状態で、垂れた瞳は心地良さそうに細められていた。


「でもなー、銀月は女の方が良いなあ。柔らかいんだけど、程よく弾力のあるあのおっぱ」
「マスターは、何か知ってます?」


リュウトの言葉を遮る様にして、ジェレマイアが言う。この儘彼を喋らせていたら、ニュクスに対するセクハラ発言が延々と続くだろう。軽いものなら受け流すが、酒の入ったリュウトには遠慮がない。尤も、彼が素面でいる事など、ほとんど無いのだが。更に言えば、素面でも今と大差は無い。


「悪いが俺もニュクスの事は良く知らん」


洗い物を済ませ、皿を拭きながらマスターは緩く頭を振った。ニュクスとの付き合いはジェレマイアよりもマスターの方が長い。もしかしたら、自分が知らないニュクスの情報を持っているのでは無いかと。僅かな期待を持って訊ねてみたが、結果は残念なものだった。


「うーん、マスターならニュクスくんの秘密のひとつやふたつ持ってると思ったんですが。本当に知らないんですか? 此処に来る前は何してたとか、出身地はどこかとか」
「……ジェレマイア。必要以上に相手を知ろうとするのはどう言う事か、忘れたとは言わせねえぞ」
「あー……はい。『詮索屋は嫌われる』ですよね?」


南エリアには暗黙のルールがある。このエリアでは、他人の事を知ろうとしてはいけない。本人が自ら話をするならば別だが、相手の過去を探ったり、身の回りの事を気にするのは『命知らず』の行為とされ、忌避される。此処は中立都市の南エリアだ。他に居場所の無い、多くの事情を抱えた者達が集い、暮らしている。聞かれたくない過去の一つや二つ、誰もが抱えている。ジェレマイアも、隣にいるリュウトも、きっとマスターも。それぞれが皆、このエリアに住んでいる事情がある。そんな彼等の事を知りたがる者の末路は、言うまでも無い。


「奴が此処に来る様になったのは八年位前だ」


それでも、当たり障りのない情報ならばと。マスターは拭き終えた皿を棚にしまい、話し始めた。
八年前。ジェレマイアはまだ学生で、物騒な南エリアとは縁の無い生活を送っていた。その頃から既にニュクスは、南エリアで活動をしていたと言う。そうなると、成人して間もない頃となるか。


「あの時から、今と見た目は変わってねえな」
「……え?」


見た目が変わっていない。耳を疑う様な言葉に、ジェレマイアは間の抜けた声を上げた。
人は生まれた時から老い始めていると言う。確かに何年経っても大して見た目が変わらない人間もいるが、観察力のあるマスターならば些細な変化も見逃さない。少し皺が増えただとか、シミが出来ただとか、やつれただとか。どんな人間であろうと、時が経てば何かしら変わるものだ。


「で、でも八年前って言ったら二十歳位ですよね?」
「俺の記憶が正しければ、今と変わらない見た目だった」


けれどマスターは。ニュクスは何も変わっていないと言った。そんな馬鹿な、と。ジェレマイアは驚きを隠すことが出来なかった。一瞬、不老不死なのかと思ったが、ニュクスは――生き返りはするが――普通に死ぬ。故に不死ではない。しかし、歳を取らないと言うのであれば不老にはなるのだろう。今までも、これからも。彼は変わらず、あの姿の儘。いよいよ人間離れしてきたと、ジェレマイアは淡々と作業をこなすマスターの姿を見つめながら思った。


「銀月って、人間なのかね?」


のんびりとしたリュウトの疑問は尤もで、けれど触れてはいけない事の様な気がして。ジェレマイアは困惑を深め、頭を抱えた。




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