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ニュクスの遺体はシトリー達が住む教会に運び込まれた。
現場を後にしてから教会に着くまで、シトリーは一言も口を利かず、また到着してからも沈黙を守った。重く気まずい雰囲気の中、遺体を運ぶ一行は細長い廊下を抜け、その先にある鉄で出来た扉を開け、中に入る。


「……いかにも遺体安置所って感じの部屋ですね」


室内は灯りを点けても薄暗く、ひんやりとした空気が肌を撫ぜる。広い空間には様々な器具が置かれ、中央には移動式の簡易ベッドが設置されていた。それらの用途はジェレマイアには良く分からなかったが、これから行われる作業で必要とされるのだろう。
興味津々と言った様子で周囲を見渡すジェレマイアの横で、ついでだからとついて来たユリシーズもまた、傍らに置かれていた器具をじっと見詰めていた。手元は触りたそうにうずうずとしている。知的好奇心の塊、と良く人に言われる、その片鱗が垣間見えた。


「さて、随分派手にやられた様だけれど」


胴体と頭部をベッドに横たえ、遺体の状態を確認する。レライエの言う通り、ニュクスの身はボロボロだった。全身至る所が焼け焦げ、一部は骨が露出している。内臓は何とか体内に収まっているが、右足の肘から下と左足の大腿部の半ばから下が欠損していた。彼の長い銀髪も半分近くが燃やされ、今は肩甲骨の辺りまでしか無い。
これだけの損傷を受けながら、顔の部分が殆ど無傷だったのは、奇跡と言っても良いだろう。


「湯灌(ゆかん)するかい?」


半開きになっている目と口をシトリーが片手で閉じてやり、纏っている服を脱がそうとした所でレライエが訊ねる。


「此処まで酷いとやらざるを得ないな」


全身至る所に乾いた血と土の汚れがこびり付いている。軽く払うだけではとても落としきれない。レライエの問い掛けにシトリーは直ぐに頷き、傍らの器具台に置いてあったハサミを取り上げ、ニュクスの服に差し込んで切れ込みを入れた。その後、切れ込みを入れた事によってただの布切れとなった服を剥がす様にしてニュクスの身から取って行き、それらを足元にある大きな屑籠へ捨てて行く。一部は皮膚に貼り付いてしまっており、そう言った箇所はシトリーがナイフを使って削ぐ様に切り離した。
途中からレライエも加わり、二人の手によってニュクスの身は徐々に生まれた時と同じ姿になって行った。


「……ゆかんって……何ですか?」


慣れた手付きで作業を進めて行く二人の様子を眺めていたジェレマイアは、先程耳にした聞き慣れない言葉を思い出し、はてと首を傾げる。


「遺体の洗浄だよ。清拭で済ます場合も有る様だが……あそこまで遺体が汚れているのだ。洗った方が良いのだろう」
「はー……なるほど」


黙々と作業をする二人に代わり、ジェレマイアの隣に立つユリシーズが解説する。確かに、ニュクスの身はかなり汚れている。この儘蘇生したら、ゾンビの様な悍ましい姿になりかねない。完全にホラーだ。ジェレマイアは納得し、引き続きニュクスから全ての衣服を取り去った二人の次の作業を眺めた。
全裸になったニュクスの姿は、未だ痛ましい状態だった。焼け爛れた皮膚に、剥き出しの骨、欠損した部位に、殴られた痕と思しき無数の内出血――直視するには余りにも無残で、作業をする二人の間から見えたそれにジェレマイアは口元を押さえ、視線を逸らした。


「タオルの準備を」
「分かったよ」


屑籠を持ったレライエにシトリーが指示を出すと、彼はそれを部屋の隅へと運び、近くに有った棚を開ける。その間に、シトリーは少し離れた所に置いてあった、浅い浴槽とシャワーヘッドが付いた大きな機械を一人で動かし、ベッドの傍へと付けた。
棚の中に有ったタオルを抱え、レライエが戻って来た所で、シトリーは機械の蛇口を捻り、浴槽の中に湯を張った。それから、ニュクスの胴体と頭部を軽く沈め、汚れている箇所の洗浄作業に入った。シトリーが胴体、レライエが頭部をそれぞれ受け持ち、彼の身に付着していた汚れは少しずつ洗い流されて行く。
当然と言うべきか、作業をしている二人は終始無言で、室内には水音のみが響く。ジェレマイアとユリシーズもまた、彼等の作業を黙って見詰めた。
暫くして洗浄作業が終わり、ニュクスの身はレライエが持って来たタオルに包まれ、ベッドへと戻された。シトリーは機械を片付け、レライエはニュクスの身に付いた水滴をタオルで丁寧に拭い取る。
その後、綺麗になったニュクスの胴体には純白のローブが着せられ、髪を一つに纏められた頭部がその直ぐ上に枕と共に置かれた。


「化粧はどうしようか?」
「顔の状態は良いからな……本人も嫌がるし、しなくても良いだろう」
「そうかい? 残念だねえ……」


良く死体には化粧を施すが、ニュクスに関しては蘇生する為、無理にする必要も無いと。シトリーは緩く首を振り、その儘で良いと告げる。それに対し、レライエは心底残念だとばかりに肩を竦めた。




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