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魔女達が去った後。
数分と経たぬ内に掃除屋が到着し、作業服を着た男達が清掃作業を開始した。遺体を避け、慣れた様子で焦げた壁面や血の染み込んだ地面を綺麗にして行く。モップにバケツ、掃除機、雑巾、洗剤、ゴミ袋。見た目はごく普通の掃除道具だが、彼等が染み抜きをする様に地面を叩けば変色し掛かっていた血は薄れ、バケツの中の液体に浸したモップで壁を拭けば普通の汚れの様に焦げ目が落ちた。
それから暫くして葬儀屋も到着し、真黒なスーツを着た者達が遺体を回収して行った。無惨な姿になった、嘗てヒトだったモノ達を白い布で包み、一つ一つ丁寧に運び出して行く。既に通達されているのか、ニュクスの遺体だけ其処に残され、作業は進められた。


「あ、来ましたね」


遺体の回収と清掃作業が間も無く終わらんとした時。ジェレマイアが連絡を入れた人物が漸くやって来た。遺体を包む為の布と、持ち運ぶ為の袋を持った、顔馴染み。呼んだのは『彼』一人だった筈だが、何故か片割れである『もう一人』の方もついて来ている。


「……またか」


ジェレマイアの依頼を受け、ニュクスの遺体を回収しに来たのは、葬儀屋の幹部であるシトリーと、その兄弟のレライエだった。ジェレマイアの姿を見ると彼の元へと歩み寄り、近くに転がるニュクスの遺体に対し、深い溜息を漏らす。また、と言う言葉の通り、シトリーがニュクスの遺体を回収するのは今回が初めてではない。何時からだったかは定かではないが、ニュクスが死んだ際、その遺体を回収し、彼が蘇生するまで安全な場所で保管するのがシトリーの役目となっていた。


「おやおや、随分と手酷くやられたねえ」


シトリーについて来たレライエは、溜息を吐くシトリーとは対照的に、面白いものを見る様にくすくすと笑い声を漏らす。


「処置をする方の身にもなって貰いたいものだ」
「あー……すみませんねえ毎回毎回」
「確かに金は貰っているが、私の仕事はこれだけでは無いのだ。程ほどにして貰いたい」
「あは、は……生き返ったら、言っておきますね」


ぶつぶつと紡がれるシトリーの文句がジェレマイアに突き刺さる。悪いのは自分では無い。勝手に死ぬ相方が悪いのだ。けれどこの状況は、連帯責任の様になっている。確かにシトリーは葬儀屋の幹部であり、それなりに忙しい立場にある身だ。仕事の合間を縫ってニュクスを保護するのは、ボランティア精神でもなければやっていられない。もう少し感謝されても良いだとか、死なない様に努力して欲しいだとか、そんな声が聞こえた気がした。


「レライエ、ニュクスの遺体を持ってくれ」
「うん? 私にも運べと言うのかい?」


取り敢えず、遺体を持ち帰らない事には始まらないと。シトリーはニュクスの遺体に歩み寄り、片膝を付いて損壊状況を軽く確認する。そして、持っていた白い布を彼の身に被せ、荷物を包む様にくるりと巻いた。そんな中、声を掛けられたレライエは意外だとばかりに、わざとらしい動作で首を傾げて見せる。
そう言えば、レライエが葬儀屋『らしい』仕事をしている姿を、ジェレマイアは見た事が無い。彼は鳥葬の名の通り、自らの能力を用いて遺体を喰らい、処理する。それが彼に与えられた仕事だと、分かってはいるが、ジェレマイアの中では葬儀屋と言うのはもっと厳かな雰囲気の中で、遺体を丁重に取り扱うイメージが有った。その為、この後レライエがどう動くか、少し気になり、彼の反応を待つ。


「勝手について来たのはお前だろう? 少しは手伝え」
「それはそうだが……そんなに重たいものは持てないよ?」
「頭だけでも良い。 ……言っておくが、齧るなよ?」


有無を言わさぬシトリーの言葉に、レライエは『仕方がないねえ』と苦笑し、彼から布を受け取る。その後、レライエは受け取った布でニュクスの頭部を包み、両手でそっと持ち上げた。包む前にばらけていた彼の長髪を綺麗に纏め、頬に付着した血も軽く拭ってやる。他の葬儀屋の者達ならば当然の様に行う事だが、レライエにもそれが出来たのかと。普段貪欲に遺体を貪るイメージが強かっただけに、その丁寧な動作を見て、ジェレマイアは軽く驚いた。


「お前も来るか?」


ニュクスの遺体を包んだそれを肩に担ぎ、シトリーがジェレマイアに訊ねる。彼等がこの後何をするのか、知らない訳では無い。遺体に処置を施し、蘇生させる為の『準備』をする。当然の事であり、気にした事も無かった。ニュクスが死んでも生き返ると言う事実に、最初の頃は大層驚いたものだが。慣れとは恐ろしいものだと。ジェレマイアは内心で苦笑した。
普段ならば、グロテスクな場面を出来るだけ避ける所だが。今回に関しては、死んでも生き返る彼の神秘と向き合ってみるのも悪く無いと。返事をする代わりに小さく頷き、歩き出す彼等の後に続いた。




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