「……死ぬかと思いました」
グルートが去った後。
ジェレマイアはその場にへたり込み、深い溜息を吐いた。
「それは私の台詞だが」
情けないジェレマイアの姿を見て、ユリシーズがその傍へと歩み寄り、苦笑しながら見下ろす。二人とも目立った外傷は無かったものの、疲労感が凄まじく、どちらも力の無い声で言葉を紡いだ。
「僕が何とかしてあげたじゃないですか。感謝して下さいよ」
「もう少し上手くやってくれていればそうしたかも知れないね?」
「貴方の囮役が下手だったんですー」
「おや、貴公よりはまともに動けていた筈だが。風しか能の無い貴公では、逃げ回るのがやっとだろうと思って囮役になってやったと言うのに。逆だったらあっと言う間に黒焦げだよ。感謝されるべきは、私の方だと思うのだが?」
「ぐ……相変わらず手厳しいですね」
「当然の事だよ」
口論でユリシーズに勝てるとは思っていない。それでも言い返してしまうのは、日頃からニュクスと言い争いをしていて負けん気が――少しだけ――強くなったからかも知れない。口をへの字に曲げ、何とも言えない表情でユリシーズを睨み上げると、彼は小さく喉を鳴らし、笑って見せた。
「それで、学長は何故此方に?」
「学長?」
ダイアナの方へ向き直ったユリシーズが放った言葉に、ジェレマイアは首を傾げる。顔見知りなのだろうか。魔女と言えば、中立都市の各地方の管理を任されている大物だ。一般人が簡単に話を出来る様な存在では無い。大体、人前に姿を現す事は稀で、こうして東と南の魔女が揃って立っていると言う状況が信じられない。それなのに、ユリシーズは相手を良く知っている様子で問いを投げ掛けた。二人の関連性は、どうなっているのか。
「彼女はね、私が世話になっている大学の学長なのだよ」
「あ、成程。そういう……――って、ええ?」
大学の学長。
ユリシーズが東エリアで有名な大学の教授である事は知っていた。しかし、そんな大学の学長が魔女だったとは。魔女と言う存在はミステリアスで、雲の上に居る様なものだと思っていた為に、その意外な身近さに驚かされた。尤も、身近なのはユリシーズであり、ジェレマイアからしたら大学の学長でも十分雲の上の存在なのだが。
「月桂樹のマスターから連絡が有ったのだ」
未だ信じられないとばかりに目を白黒させるジェレマイアを見つつ、東の魔女――ダイアナが事情を説明し始めた。帝国の生体兵器である暴君が、南エリアに居る。既に何人か死者が出ており、今後も増える可能性がある。常連客が様子を見に行ったが、実力のある彼等でもどうなるか分からない。事が大きくなり過ぎる前に、何とか出来ないかと。一時間程前に連絡が入り、南の魔女――アリスと連れ立って此処までやって来たと。ダイアナは簡潔に語ってくれた。
「……マスターって、魔女達と直接連絡取れるんですね……」
「ふむ、私も知らなんだ。しかし結果こうして助かった。有り難い事だよ」
マスターが魔女達に連絡をしてくれなかったら、今頃どうなっていたか。想像するは容易い。風の魔法使いと最強と謳われる魔術師の力を以てしても、彼を退けるには至らず、周囲の者達の様に黒焦げにされていた。未だこの場に漂っている不快な臭いに、ジェレマイアは苦い表情を浮かべながら身震いをした。ウェルダンを通り越して炭になる己等、考えたくもない。仮にニュクスの様に蘇生出来る身だったとしても、焼かれ、苦しみながら死ぬのは御免だと思った。
「…………あ」
ニュクスの事を考えた所で、ジェレマイアははっとした様に声を上げる。暴君に単身で挑みに行ったニュクスを追いかけて、自分とユリシーズは此処までやって来た。本来の目的を思い出し、先程無惨に殺された彼の身を探すべく、周囲を見渡す。頭部と胴体、出来れば両方確保したい所だが、無事に――と言うのも変な表現だが――残っているだろうか。
「さて、我々はこの後掃除屋と葬儀屋に連絡を入れるが。貴殿等は如何する?」
懐から携帯端末を取り出しながら、ダイアナがジェレマイア達に訊ねて来る。掃除屋はこの悲惨な現場を元の姿に戻す為、葬儀屋は犠牲となった者達の弔いをする為。この南エリアでは、殺人現場に居合わせた者は先ず掃除屋と葬儀屋に連絡を入れる。他のエリアと異なり、まともに機能していない治安部隊に連絡する事は殆ど無い。既にそれは南エリアの暗黙のルールとなっており、東の魔女であるダイアナも倣う形となった。
「あ、えっと……ぼ、僕も葬儀屋に連絡します。ニュクスくんを……仲間を回収しないといけないので」
良いです、僕達が連絡を取ります。タイミングを逃し、そう言いそびれたジェレマイアは、ちょうど近くに転がっていたニュクスの遺体を指差し、本来の目的を口にした。
[mokuji]
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