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「…………ッ!?」


否、動けなかった。
振り上げた拳に『何か』が絡まり、男を拘束している。音も気配も無く絡み付いたそれは黒く、良く見ると長い髪の束である事が分かった。
何故、こんなものが。絡み付いている髪を振りほどこうとするが、男が幾ら力を入れようとびくともしない。ならば燃やしてしまおうと、纏っている炎を髪へ渡らせるが、不思議な事に幾ら炎を注いでも髪は燃えるどころか焦げ目すら付かなかった。


「クソッ、どうなってやがる……!」


その場から動けなくなってしまった事に苛立ち、訳の分からない状況に男が困惑する。ジェレマイアも驚き、暗闇に紛れつつ現れた髪の正体を探ろうと、男に絡み付いている髪の元を目で辿る。


「……あ」


髪はジェレマイア達が居る場所の反対側にある、路地の奥まで伸びていた。とんでもない長さだ。普通の人間では有り得ないレベルである。男の中でも髪が長いニュクスでも、精々腰下までだ。今伸びているこの髪は、少なく見ても十メートルはある。長く、頑丈で、燃えない髪。そんな『普通でない』髪を持つ存在に、ジェレマイアは心当たりがあった。
まさか、いやでも、ひょっとして。そんな思いを抱きつつ、路地の奥を見遣ると、暗闇の中に二つの人影が立っていた。一人は長身で眼鏡を掛けた銀髪の女性。もう一人は全身を黒で統一した、肌の白い女性。長い黒髪は、この女性の頭部から伸びているものだった。


「魔女……」


無意識の内に言葉が漏れた。彼女達の事は、ジェレマイアもユリシーズも知っている。中立都市の各エリアを統治する魔女。長身の女性は、ユリシーズの住む東エリアの、黒髪の女性は、今ジェレマイア達が居る南エリアの魔女だ。東エリアの魔女はダイアナ、南エリアの魔女はアリスと言う。何処にでも居そうな名だが、それが彼女達の本名であるかどうかは定かでは無い。


「ふふっ、私達が居ない間に、随分と派手に暴れてくれたみたいね」
「……、あァ?」


二人の魔女の登場にジェレマイアとユリシーズが驚いていると、黒髪の女性――アリスが口を開いた。その声を聞き、髪を振り払おうと躍起になっていた男は初めて彼女達の存在に気付き、視線を其方へ向ける。


「帝国の生体兵器ね。名前はそう……グルート、だったかしら」
「は? 何でオレの事知ってんだよ?」
「知らない訳無いじゃない。貴方、とても有名なのよ?」


暴君と呼ばれ、恐れられているのだから。アリスは口元に手を当て、くすくすと笑う。それに対し、名を呼ばれた男――グルートは眉間に皺を寄せ、今も尚絡み付いている髪を払うべく左腕に力を込める。


「嗚呼、駄目よ。まだ放してあげられないわ」


グルートの様子を見て、アリスは自らの髪の『力』を増幅させ、拘束を強める。ぎちり、と。腕を締め付けて来る感覚にグルートが顔を顰めると、今度は傍に居た東の魔女――ダイアナが口を開いた。


「貴殿のこれまでの行為、流石に目に余る」


低く、冷たい声だった。微笑むアリスと異なり、その顔に表情は無く、感情が読み取れない。しかし、紡がれる言葉から、彼女が非常に『憤っている』のは、日頃から彼女と付き合いのあるユリシーズには分かった。


「罪無き民の惨殺、建物の焼失――我々が受けた損害は大きい。貴殿が帝国の兵器としてでは無く、一個人としてこの中立都市に来ているのは分かっていたが……物事には限度と言うものがある」
「……何が言いてえんだよ」
「我が都市は中立を守る。外の者との争いは出来る限り避けたいのだ。特に、帝国とはな」
「…………」


ダイアナの話を聞いて、グルートが黙り込む。自らの立場が分からぬ程、愚鈍では無い。帝国の『最高傑作』とされる生体兵器の、その一柱。強大な力を持つが故、多くの者に畏れられる存在。不穏分子が、余計な事をするなと。そう言いたいのだろう。王国と戦争をしている帝国が、中立都市を敵に回せばどうなるか。考えるまでも無い。


「今なら見逃してあげるわ。これ以上揉めたらどうなるか……お分かりになって?」
「……ちっ」


アリスの上から目線な物言いが気に入らないが、仕方が無い。グルートが舌打ちをするのと同時に、左腕を拘束している髪の力が弱まった。自由になった腕で反対の腕の傷口を押さえ、忌々し気にジェレマイア達を睨む。片腕を失った状態で、四人を相手にするのは無理が有る。魔法使いと魔術師二人でも面倒だったのに、其処に中立都市の重鎮達が加わるのだ。どうしようもない。
勝ち目の無い戦いはすべきでないと思ったのだろう。全身に絡み付いていた炎を消失させ、近くに落ちていた自らの右腕を拾い上げると、グルートはジェレマイアとユリシーズの横を抜け、歩き出す。


「覚えてろよ、ひょろひょろ野郎共。今度会ったらギッタギタにしてやらぁ」


ジェレマイア達の横を抜ける瞬間、ドスの利いた声で吐き捨てたのは逆恨みとしか思えない憎しみの言葉。それを聞き、ユリシーズは苦笑し、ジェレマイアは身を竦ませる。

そんな彼等を一瞥した後、グルートは路地の闇に溶け込む様にして姿を消した。




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