13

ユリシーズの掠れた問い掛けに、男は間の抜けた声を上げる。この追い詰められた状況で、一体何を言っているのか。理解が出来ず、怪訝そうに眉を寄せて首を傾げる。なにか、とは何なのか。どうにも引っ掛かり、男はユリシーズの言葉の意味を探ろうと記憶を遡る。今さっき、この眼鏡野郎を捕まえ、地面に落とした。その前には、上空から雷を落とされ、動きを制限された。宙に逃げられる前には魔法と魔術による攻防があって、更にその前は。


「……おい、まさか」


男の顔に動揺が走る。そして、それを見たユリシーズは口元を僅かに歪め、笑んで見せた。
しまった、と。男が思った時には遅かった。ユリシーズから手を離し、立ち上がって周囲を見渡す。忘れていないか、と問われた『存在』を探すが、前方には見当たらない。ならば後方かと、振り返った瞬間、『風』が迫って来た。


「がぁああああああああああっ!」


咄嗟に身を屈め、避けようとするが間に合わない。男の身を両断するべく放たれたそれの一つが男の右腕に食い込み、ぞん、と鈍い音と共に二の腕の半ばから下を切断する。そしてそれと同時に、他の部位にも深い傷を刻んだ。
切断された腕がぼとりと、ユリシーズの直ぐ傍に落ちる。男の耳を劈く様な悲鳴が周囲に響き渡り、彼の身からは大量の血が噴き出した。男は大部分が無くなった右腕を押さえ、激痛にのたうち回る。その姿を横目に、解放されたユリシーズは身を起こし、這いずる形で男から距離を取った。


「大丈夫ですか!?」


ずるずると、ナメクジの様に移動し、数メートル程離れた所で、ジェレマイアが姿を現し、駆け寄って来る。ユリシーズの指示に従い、暴君から逃げるふりをして身を隠し、攻撃の機会を伺っていた。中々隙と言う隙を見せなかった為、攻撃を仕掛けるのが遅くなってしまったが、今し方放った風の刃は何とか当てる事が出来た。激痛に悶絶する男を横目に、ジェレマイアはユリシーズの状態を確認しようと咳き込む姿に訊ねる。


「はっ……貴公には、だいじょうぶ、に……みえる、かね……?」
「あー、はい。大丈夫ですね。うん、何も問題ないです」


悪態を吐こうとする余裕が有るならば問題無さそうだと。不足している酸素を取り込もうと呼吸を繰り返す様子を見つつ、ジェレマイアは言う。ユリシーズは簡単に言ってくれるなとばかりにジェレマイアを睨むが、当人は気にした様子も無く、視線をのたうち回る男の方へと向ける。
そんなジェレマイアに対し、ユリシーズは何か言いたそうな顔をするものの、未だ気を抜ける状況では無いと思ったのか、つられる形で男を見遣った。


「いってえ……いってェよお……」


男は切断された部分を押さえ、震える声で痛みを訴える。ジェレマイアは攻撃を放った際、男の首を狙ったのだが、後少しと言う所で避けられてしまった。その事実にジェレマイアは内心舌打ちし、漸く呼吸が整って来たユリシーズを置いて立ち上がる。男の腕を奪い、戦力を落とす事は出来たが、戦いは終わっていない。有利にはなったかも知れない。けれど、此処から男が倒れるか、撤退してくれるまでは油断出来ない。
少し様子を見ようと、周囲に風を生み出しながらジェレマイアは男を見る。止めを刺すなら今かも知れない。ただ、出来る事ならば殺したくない。此の儘大人しく去ってくれれば、それに越した事は無い。ニュクスが生きてこの場所に居れば、考えが甘いと怒られそうだが。


「テメエ等ァ……よくもォ……」
「……っ!?」


男が呻く様な声を上げる。腕を切り落とされたショックは未だ大きいのだろう。しかし、男は傷口を押さえている腕から炎を生み出すと、血が滴っている其処にあてがい、自らの身を焼き始めた。


「……傷口を、焼く、か……成程」


一体何をしているのか。ジェレマイアが男の行動に戸惑っていると、漸く呼吸が整って来たユリシーズが小さく呟き、緩慢な動作で立ち上がる。その間にも、男は傷口を炎で焼き、切断部の出血を止めて見せた。肉の焦げる臭いが周囲に漂い、その不快な香にジェレマイアは思わず顔を顰める。自分の体を焼いて血を止める等、何とも荒々しい処置だ。絶対に真似出来ない。真似する機会も、無いとは思うが。
ユリシーズに続く形で、男もよろよろと立ち上がる。


「よくもやりやがったなああああああああああああああああああ!?」


咆哮。男の怒りの絶叫を例えるならばそれだった。
劈く様な声にジェレマイアとユリシーズは思わず両手で耳を塞ぐ。その間に、男は全身に炎を纏い、残った左腕の拳を握って構えを取る。膨れ上がる殺気に、ジェレマイアは恐怖で足が竦んだ。この儘男が接近して来れば、逃げる間も無くその手に掛かり、殺される。隣に立つユリシーズを見ると、何とか対抗する為の陣を描こうとしているが、間に合わない。
殺される。本能的にジェレマイアとユリシーズは思ったが、男は其処から動かなかった。




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