12

「おいおいおいおい、仲間置いて逃げる気かぁ!?」


その動きを見て、男はジェレマイアが逃亡を図っていると思ったのだろう。彼の背中へ怒鳴る様に声を掛け、其方にも火の球を発射する。ユリシーズは直ぐに陣を描いた手を薙ぐ事で障壁を移動させ、火の球からジェレマイアを守った。炎と氷が衝突し、溶けた氷から生まれた水が蒸発して周囲に熱を孕んだ湿気が漂う。


「貴公の相手は私だよ?」


新たな陣を描きながら、ユリシーズは男に笑みかける。穏やかに、けれど相手を馬鹿にした様に。そうして半分程溶けた防御壁を再形成し、頭上に白く弾ける雷を生み出すと、反撃とばかりに男へ放った。


「てめえ! この野郎!」


ユリシーズの笑みを挑発と受け取ったのか。男は声を荒げ、飛来する雷を身を低くする事によって避けると彼に向かって走り出した。右手に炎を纏い、障壁を燃やし、砕こうと飛び掛かる。高温の炎と力強い拳。勢いに任せ振るわれるそれは、一瞬でユリシーズが形成した障壁を破壊するだろう。それどころか、ユリシーズ自身にまで攻撃が及ぶ。もたもたしている間は無い。
片手では追い付かないと思ったのか、ユリシーズは反対の手も使い、宙に陣を描いて行く。その陣を描き終えるのと同時に、ユリシーズの周囲に風が生まれ、彼の身を巻き上げる様にして上空へと飛ばした。周囲の建物よりも高い位置まで上昇したユリシーズは、其処で更に陣を描いて無数の雷を呼び出し、男のいる地上へ幾つも落とす。しかし、狙いは男自身では無い様で、青白い光を放ちながら落ちる先は、彼を中心とした周りの地面だった。


「ちっ、うっぜえな……!」


牽制し、動きを制限する様に落ちて来る雷に男は舌打ちをする。炎の力では雷を払えない。下手に動けば撃たれる。直接狙われている訳では無い為、動かなければどうと言う事は無いが、檻に閉じ込められている気分になり、どうにも落ち着かない。
ユリシーズは風を纏い、宙に浮いた儘、雷を落とし続ける。炎は飛んで来るかも知れないが、建物よりも高い場所に居る為、避ける場所には困らない。これだけの高さが有れば、跳躍しても届かないだろうと。そう思っての行為であった。


「なめてんじゃねーぞこらぁ!」


だが、それは『普通の人間』相手であればの話である。
男が吠える様に叫ぶのと同時に。力強い動作で地面を蹴り、飛び上がる。それは人間では到底及ばない、凄まじい跳躍力だった。低く見ても地上から十メートルは離れていただろう。宙に浮いているユリシーズに迫り、手を伸ばす。


「……ッ!?」


想定外の事態にユリシーズは驚愕し、眼鏡の奥の瞳を大きく見開く。魔術に頼らず、自らの力のみで此処まで飛んで来るとは。生体兵器の身体能力を甘く見ていたつもりは無い。けれど、目の前の男はユリシーズが思っていた以上の『化け物』であり、不可能を無理矢理可能にするとんでもない存在だった。
伸ばされた男の手はユリシーズの首を掴み、その儘絞め上げる。


「つーかまえた」


陣を展開させる間も無かった。気道を塞がれ、息苦しさと頭の血管が詰まる様な感覚に視界が歪む。
眼前まで来た男の顔には喜悦の色が滲んでいた。鬼ごっこの相手を捕まえた子供の様に無邪気で、それでいて残忍な笑み。じわじわと苦しめ、殺すつもりなのか。その気になれば一瞬で引き千切れる筈なのに、敢えてそれをせず、少しずつユリシーズの首を絞めて行く。


「かっ……、は……!」
「はっはー! ざまーねえなあ! おらおら、何か言って見ろよひょろひょろ魔術師が!」


首を絞められた事により集中力を欠き、魔術で浮いた状態を維持する事が出来なくなった様で、ユリシーズの体は男と共にゆっくりと地面に落ちて行く。一気に落ちなかったのは、ユリシーズが完全に術を解くのを良しとしなかった為か。とさり、と。軽い音と共に落下し、仰向けの状態となる。その上に男は圧し掛かり、体重を掛ける様にしてユリシーズを絞めて行った。
勝負は決まった様なものだった。しかし不思議な事に、ユリシーズは苦しみはしても、その顔に焦りや恐怖と言った感情は一切滲んで居なかった。
獲物を捕らえた事で余裕が出来、上機嫌になった男は暫く笑っていたが、ユリシーズの様子に気付くと互いの額が触れそうな程に顔を近付ける。この切迫した状況で出来る事は何も無い筈。なのに、どうして彼は怯えたり、足掻いたりしないのか。


「……なにか、忘れて……ないか、ね……?」
「はあ?」




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