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「炎だけ見てんじゃねーぞー!?」


ユリシーズがその場から退避したのを見るより先に男が駆け出し、彼を逃すまいと迫る。宙に浮いたユリシーズの身は数メートル後方まで移動し、着地した。男は自らが生み出した炎の柱の中心を駆けて抜け、一気にユリシーズとの距離を詰めながら、勢い良く跳躍する。炎の柱から飛び出て来た男の姿にユリシーズは目を見張り、咄嗟に自身の目の前に陣を張ろうと試みた。


「ぐっ……!」


完全に防ぐ為の陣を張る時間は無い。ならば少しでも受けるダメージを軽減させようと。そう判断し、ユリシーズの前に不可視の障壁が張られる。その直後、跳躍した男が放った蹴りが其処に当たり、硝子が割れる様な音がした。近くに居たジェレマイアにもその音は聞こえ、何が起こったのか直ぐに理解する。障壁は男の蹴りに耐えられず、砕けた。そして、勢いが残る蹴りがユリシーズの側頭部に当たり、彼の細い身がぐらりと揺らぐ。一瞬の出来事だった。


「教授!」


倒れる。そう思った時にはジェレマイアの身は動き、倒れそうになるユリシーズを後ろから支えていた。背丈はジェレマイアよりも有るが、細さは殆ど変わらない。華奢な体だ。骨なんて簡単に折れてしまいそうである。蹴りの衝撃で彼の結った髪を後頭部で留めているバレッタが壊れ、長い髪が緩く波打ちながらジェレマイアの目の前に広がった。頭部に蹴りを貰ったが、潰れていないだろうかと。最悪の事態も想定しつつ、ジェレマイアはユリシーズの顔を覗き込む。


「大丈夫ですか!?」
「……流石に、痛いな……」


意識はある。けれど彼の言う通り、痛そうだ。出血等は見られないが、歪められた顔がその苦痛を物語っていた。蹴られた箇所を片手で押さえ、深く息を吐く事で痛みを忘れようとしている。


「単調な攻撃だが、『力』が強過ぎる。此の儘では押し負けてしまうな」
「ええ……それじゃあどうするんですか」


男は反撃を恐れたのか、蹴りを入れた後に追撃はせず、ステップする形で後ろへ下がる。それを見つつ、ユリシーズはジェレマイアに支えて貰った身を持ち直そうと足を踏ん張り、自力で立つ。それから、男の戦闘能力がどれ程のものか、ジェレマイアに語って見せた。男の魔法の威力もさる事ながら、身体能力も非常に高い。流石は生体兵器と言った所か。
力だけで言えば相手の方が遥かに上。その事実をユリシーズが告げると、ジェレマイアは困惑し、どう対応すべきなのか聞き返す。最強の魔術師がごり押しで負けてしまうと言われてしまえば、もう打つ手が無いのではないかと。ジェレマイアの中に軽い絶望が生まれる。


「私が奴を引き付けよう。貴公は隙を見て攻撃したまえ」


しかし、それでも対抗策が無い訳では無いと。ジェレマイアの問いに対し、ユリシーズは口元に緩い孤を描き、笑いながら言って返す。自らが囮となる。リスクは大きいが、ジェレマイアの魔法を以てすれば、男を倒す事が出来る筈。どのみち、逃げられはしないのだから、戦うしかない。ならば勝機を掴み、この危険な状況を脱するべきと。


「……分かりました」


ユリシーズの言いたい事は分かった。ただ、相手の隙を見て攻撃をすると言うそれにとてつもなくプレッシャーを感じる。しくじればどうなるかは、考えるまでも無い。果たして上手く行くだろうか。何時もはサポート役に回る事が多いが、今回は自分が攻撃の要となる。手加減をする必要は無い。自分の力を存分に発揮すれば良い。そのタイミングを、間違えない様にして。
戦闘経験は幾らかあるが、今回の様なパターンは初めてで、緊張する。その緊張を誤魔化す様に片手で胸元を押さえ、口元を引き結び、ジェレマイアはユリシーズに頷いて見せた。


「ふ、期待しているよ」


ジェレマイアが己の提案を受け入れたのを見て、ユリシーズは浮かべた笑みを深める。その後、蹴りを受けた頭を軽く振り、流れる髪を揺らしながら片手で陣を描き始めた。


「させるかよ!」


再び、あの目まぐるしく変化する魔術を発動されたら面倒臭い。そう思った男が両手から炎を生み出し、人の頭部程の大きさの球体にして幾つも放つ。一つ一つが高熱の、それこそ当たれば炭になりそうな火の球は、周囲を煌々と照らしながらユリシーズに飛んで行った。
ユリシーズはその炎を見ても動じず、先程の氷と土の層が重なって出来た防御壁を陣を描き終える事によって完成させ、自らの身を守った。普通の魔術師であれば、複数の属性を併せて発動させるのにそれなりの時間を要する。詠唱、数式の展開、陣を描く等、魔術を発動させる方法は人によって異なるものの、一つの術として完成させるには一定の手順、段取りが必要になる。今回ユリシーズが生み出した防御壁を他の魔術師が作ろうとすれば、もっと時間が掛かるだろう。ジェレマイアに至っては、一時間あっても出来ないかも知れない。寧ろ作る事が出来ない。魔術を究め、知り尽くし、手間を短縮する術を身に着けたユリシーズだからこそ、複数の属性を同時に、それも短時間で発動出来る。その技術の高さにジェレマイアは軽い嫉妬を覚えつつ、自らも動こうと踵を返し、逃げる様に男が居る場所から反対の方面に駆け出した。




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