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ニュクスを追いかけて来たのに、ニュクスは既に男の手に掛かっており、殺されていた。一応、助けるつもりで追跡していたので、この時点でジェレマイアも間に合わなかった事になる。その事実を口にし、ついでにと、ジェレマイアはユリシーズの鈍足を指摘する。先程ジェレマイアが此処に来てから、ユリシーズが追い付くのに数分掛かっている。ジェレマイア自身も決して足が速い訳では無いが、それにしたって遅過ぎだろうと。ジェレマイアはじと目でユリシーズを見詰めた。


「普段、あまり走らない、から……ね。しかし、感謝の言葉も、無し……か?」


ジェレマイアの指摘に対し、多少は申し訳無いと思ったのか。苦笑染みた笑みを浮かべ、ユリシーズが弁明する。けれど先程男の攻撃からジェレマイアを守った事については、感謝されるべきだとばかりに聞き返し、片手を胸元に開け、深く息を吸い込み、吐き出した。


「……ありがとーございましたー」


確かに、ユリシーズの魔術が無ければジェレマイアは男のパンチをもろに受けていただろう。生体兵器の一撃をまともに受ければ、無事で済む筈が無い。殴られた顔は良くて変形、悪くて潰されていた。想像するだけでも恐ろしい。一応、顔は普段から大事にしている為、ジェレマイアは視線を逸らしながら感謝の言葉を口にした。殆ど棒読みで、心が籠っているとは言い難いものだったが、ユリシーズはそれで十分とばかりに笑って見せた。


「なんだなんだぁ? ひょろっこいのが二人になって、オレ様に勝てると思ってんのかよ?」


遅れて登場したユリシーズを見て、男が怪訝そうな表情をする。今の攻撃は確かにジェレマイアに当たった。手応えは有った筈なのに、目の前に居る彼は傷一つ付いていない。それが何故かも分からぬ儘、仲間と思しき存在が一人やって来た。取り敢えず、二対一の状況となったと言う事は理解するも、見るからに軟弱そうな二人を見て、小馬鹿にする様に笑った。自分が負ける要素が無いと思っているのだろう。余裕たっぷりに言い放ち、両手を胸の前で組んで鳴らして見せる。


「この男が、マスターの言っていた暴君かね?」
「ええ、其処にニュクスくんの頭が転がってるでしょう? そういう事です」


ユリシーズの問い掛けに対し、少し離れた所に転がるニュクスの頭部を指差し、ジェレマイアが言う。その際、出来るだけ直視しない様に顔を背けたが、背けた先には首の無いニュクスの胴体が転がっており、『うっ』と声が出た。惨い殺され方をしたものだと思う。しかし、今はその事について深く考えている余裕は無い。


「成程。ではこの後如何する? 状況は芳しくない様だが」
「……取り敢えずあの人を倒すか、追っ払うかしないと……」


殺される。その言葉を聞き、ユリシーズは承知したとばかりに頷き、片足を一歩引いて構えを取る。ジェレマイアも再び周囲に風を生み、何時でも攻撃や回避が出来る様、備えて見せた。


「まー良いや。テメエ等も男女みてえにその首捩り切ってやるぜ!」


深く考えたところで、何かが変わる訳でも無し。単純な思考回路なのだろう。男はそう言って組んでいた腕を解き、地を蹴って駆け出した。身体は大きいが、その動きは驚く程速く、瞬く間にジェレマイアとユリシーズに接近する。標的にしたのはジェレマイアの方で、片腕を振り上げ、拳を握り、彼の頭を潰すべくそれを振り下ろした。


「ひっ!」


先程もそうだったが、想像以上に男の動きが速い。今度はしっかり防ぐか、先に攻撃をしようと思っていたが、間に合わなかった。ジェレマイアは上体を仰け反らせながら横へ飛び、紙一重の処でそれを回避した。まともに喰らえば無事では済まない。先程はユリシーズが助けてくれたが、毎回彼のサポートをあてにする訳には行かない。


「ちっ……ひょろんひょろん動きやがって……ッ!?」


攻撃を回避したジェレマイアを見て、男が露骨な舌打ちをする。続けて彼に追撃をしようと体を捻るが、その瞬間、足元から弾ける様にして白い雷が生まれ、男の足に絡み付いた。突然発生した雷に男は驚き、数歩後退する事でその場を離れるが、雷が触れた右足には軽い痺れが残った。
何が起こったのか。男は雷が発生した場所とジェレマイアを見た後、攻撃を仕掛けなかったユリシーズの方へ顔を向ける。彼は先程まで男が居た地面に向かって片手を突き出しており、その手には淡い光が宿っていた。恐らく、魔術を発動させたのだろう。追撃されなかったのは有り難いが、どうせなら先手を打って仕掛けても良かったのでは無いかと。男同様に状況を把握しようとしていたジェレマイアは言葉にはしなかったものの、何とも言えない顔でユリシーズを見遣った。


「何だァ? 魔法……じゃねえな、テメエは……魔術師か」




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