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「あ……えっと、その、ですね。今のはあれです、あの、あの……」
「オレ様が見掛け倒しだって? 言ってくれるじゃねーか、よっ!」


しまった、と思った時には遅かった。男はジェレマイアが反撃に出る前に駆け出し、距離を詰める。攻撃のチャンスだと思ったその『間』は、男の動きが想像よりも遥かに速い為に短くなり、ジェレマイアが戸惑っている間に終わってしまった。
どうしよう。どうしよう。目の前には男がもう迫っている。肉弾戦で勝てる要素はゼロだ。逃げようにも予想していなかった状況に足が竦んで動かない。仮に動いたとしても、直ぐに追い付かれるのが目に見えている。風を刃にし、攻撃するには時間が足りない。
男が拳を握り、振りかぶる。それを見て殴られるのを覚悟し、ジェレマイアはぎゅっと目を瞑り、せめて頭だけは守ろうと頭部を抱えた。


「……――ッ!」


顔面に強い衝撃を感じ、身体が宙に浮く。しかし、何故か痛みは無かった。自分は確かに今、男に殴られた。けれど見えない『何か』に守られた様で、ジェレマイアの体はその儘後方へ飛ばされ、建物の壁にぶつかる。


「……は?」


背中を強かに打ち、尻もちを付く形で地面に落ちる。硬いコンクリートの壁だったが、不思議な事に痛みと言う程の痛みは無い。


「え、ええ……?」


一体何が起こったのか。状況を呑み込めず、間の抜けた声が出る。男の方もまた、手応えは確かに感じたものの、殴った相手が無傷である事が信じられず、その場で固まっている。自分は何もしていない。魔術を発動させる余裕は無かったし、風の力も出していない。ならば考えられるのは一つ。第三者が何かした、となるが。


「……嗚呼、やっと……追い付い、た」


無傷である事を確認し、ジェレマイアはゆっくりと立ち上がる。それと同時に、ジェレマイアが先程走って来た方角から掠れた男の声がした。


「あれ……?」


聞き慣れた声だった。しかし、随分と疲弊した弱々しい声である。何故そんな状態になっているのかと疑問に思ったが、ジェレマイアは取り敢えずその存在を確認しようと目を凝らし、暗がりを見詰める。先程男の炎によって周囲が照らされた為、明るさに慣れてしまい、暗い場所が見えづらくなってしまった。じっと凝視するとただでさえ細い目が更に細くなり、線の様になってしまうが、こればかりは仕方が無い。
念の為、確認をするべくその名を呼んでみる。そうして再び暗闇に目が慣れるまで待つと、其処には両膝に手を付きながら肩で息をしているユリシーズの姿があった。


「……教授」
「ふ、ふ……間に合った、様だね……」


目の前の状況を見て、ユリシーズは途切れ途切れに言葉を紡ぎ、笑みを浮かべる。間に合った、と言うのはどう言う事なのか。ジェレマイアには直ぐに察しが付いた。恐らく、ユリシーズは男の炎からジェレマイアが逃げ回っている間に追い付き、男の一撃からジェレマイアを守る為に少し離れた場所から魔術を発動させ、彼の顔面に防御壁の様なものを張ったのだろう。更に、吹っ飛ばされた後の衝撃を和らげる為、彼の身を風で包んだ。数秒の間に、複数の属性が異なる魔術を発動させる等、ジェレマイアには出来ない。瞬時に状況を判断し、仕込んで見せたのは流石と言うべきか。


「ぶっちゃけ僕も貴方も間に合ってないです。大体なんでそんなに足が遅いんですか。体力無さ過ぎでしょう」




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