7

「そ、それ以上近付いたらスパ―ッと細切れにしちゃいますからね!」


考え込む男に対し、ジェレマイアは脅しと言うには情けない声を上げ、睨み付ける。自分と同じ魔法使いと戦った事は数える程度しか無い。そも、一人で戦うと言うのが殆ど無い。戦いの場では何時もニュクスが隣に居て、自分は彼のサポートに回る事が多かった。今回は、そのニュクスが死んでしまっている為、どうしようも無いのだが。
周囲に風を吹かせ、何時でも男の動きに対応出来る様に構えた。接近戦に持ち込まれたら負けだ。遠距離ならば、自分にも勝機は有る。そう思い、構えを取りながら様子を伺う。


「へーえ? 近付かなきゃ良いんだな?」


ジェレマイアの言葉を聞き、何を思ったのか。男はにたりと笑い、問い返す。良い事――基悪い事を思い付いた。子供が悪戯を思い付いた時に浮かべるものに通じる所が有るが、それにしては凶悪な笑みだ。
それを見たジェレマイアは背筋に悪寒が走るのを感じた。嫌な予感がする。確かに近付いたら攻撃をするつもりだが、近付かなければ何をするかとは言っていない。
男は笑みを崩さぬ儘、足元から炎を生み出し、自らの身に纏って見せる。渦巻く炎は蛇の様にうねり、周囲を煌々と照らす。その温度は如何程のものか分からないが、喰らえば火傷程度では済まないだろう。


「テメエも真っ黒焦げにしてやんよ」


男の言葉と共に炎は一気に燃え上がり、ジェレマイアに向かって放たれ、牙を剥く。


「ひえっ!?」


攻撃の軌道は真っ直ぐだった為、ジェレマイアは横へ跳ねる様にして飛び、回避する。しかし思っていたよりも炎の動きが早かった為、身体は避け切る事が出来たものの、纏っている服の一部が炎の犠牲となった。
先程まで自分が立っていた所を見て、息を飲む。炎が通過した其処は熱を帯び、地面の一部が焦げていた。その先でぶつかったであろう建物の影も焦げるどころか溶けかけており、まともに喰らえばどうなっていたか、想像するは容易い。
お気に入りのジャケットが焦げてしまったが、今はそれを気にしていられる状況では無い。見れば男は二発目を放とうと新たな炎を生み出していた。


「……くっ」


風で防御壁を作る事も考えたが、防ぎながら反撃する等と言う器用な真似は出来ない。ならば隙を見て攻撃するしか無いのだが、目の前の相手がそれを簡単に許してくれるとは思えない。どうするか、良い案を探そうとして、二発目の炎が飛来する。再び地を蹴ってその場を離れ、避けて見せるも、この儘では防戦一方になってしまう。空を飛んで逃げ回る事が出来ればまだ良かったが、今居る場所は狭く、自身の力を活かしきれない。


「おらおら、どうしたァ!? 逃げてばっかじゃつまんねーだろ!」


その後も立て続けに炎を放ち、男はジェレマイアが逃げ惑う様を見て笑う。同じ魔法使いであっても、実力は自分の方が上だと思ったのか。ジェレマイアは必死に駆け回っていると言うのに、男は攻撃を始めてからその場を一歩も動いていない。馬鹿にされている。完全に馬鹿にされている。確かに見た目はひょろいモヤシみたいな姿だが、南エリアの者達から拒絶者と呼ばれる実力は伊達では無いと、ジェレマイアは自負していた。故に、逃げている間に何とも言えない苛立ちが生まれる。変な所でプライドが高く、負けず嫌い。此処で黙っていては風使いの名が廃ると。そう思ったジェレマイアは炎を避けながら男に向かって声を張り上げ、言い返した。


「そんなへっぽこな炎で僕を燃やせると思ったらおーまちがいなんですよーだ! ばーか! ばーか! その立派な腕は見た目だけですかぁー? そう言うの見掛け倒しって言うんですよー!」


下手な挑発だと思った。けれどそれにより、相手が攻撃を止めてくれたなら、反撃のチャンスとなる。


「……あァ?」


結果、炎の動きは鈍った。しかし、同時に男の表情が変化する。先程まで浮かべていた笑みが消え、代わりに冷ややかな色を持った眼差しをジェレマイアへ向ける。挑発に乗ってはくれた様だった。けれど、乗り方がジェレマイアの想像していたものと違った。負けじと言い返し、炎を放つのを止めてくれるのを期待していたのだが。男は何も言わず、ただ威圧的な空気を纏い、ジェレマイアを睨む。




[ 106/167 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -