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「ああ、悪ィな。取れちまった」


取れちまった、ではなく、取ってしまったと言うのが正しいのでは無かろうか。
男は今し方胴体より引き離したニュクスの頭部をジェレマイアの方に向かって無造作に放り投げた。投げられた頭部は緩い放物線を描きながら重力に倣ってジェレマイアの直ぐ傍へと落ち、ごろりと転がる。
信じ難い光景に思考が追い付かない。しかし、ニュクスの頭部が自らの足元付近まで転がって来ると、それが動きを止めた所で恐る恐る視線を下へと向けた。彼の象徴とも言える長い髪はぐちゃぐちゃに絡まり、血で汚れている。輝きを失った髪の隙間より覗く顔には生気が無く、虚ろな眼差しがジェレマイアを見上げていた。


「……っ、う、げえっ……え、うぇっ……!」


ニュクスが殺された。認めたく無い事実を認識した瞬間、その無惨な姿に眩暈を覚え、ジェレマイアは膝を折って地面に屈み込む。グロテスクな光景には幾らか慣れたつもりだったが、漂う臭いとニュクスの生首に、生理的嫌悪から吐気が込み上げ、堪らずその場に嘔吐した。胃の中が空ならばまだ良かったが、間が悪い事に、此処に来る前に月桂樹で夕食を食べたばかりだった為、消化し切れていないそれが逆流し、溢れる様に出て来る。ぼたぼた、びちゃびちゃと音を立て、ニュクスの頭部の直ぐ傍の地面に一度は体内に収めたモノを吐き出し、ジェレマイアは顔を歪めながら彼を殺した男を見遣った。


「あーあー、きったねえの」


胃の中を空にするまで吐き出し続けるジェレマイアを、男は下卑た笑みを浮かべながら見詰めていた。げえげえと苦し気に嘔吐する姿が愉快で仕方が無い。そんな風にも取れる佇まいだった。
今日の夕食だったモノを全て吐き出した事で、漸く楽になったジェレマイアは手の甲で口元を軽く拭い、溜息を漏らす。空になった胃はまだ蠢いている様だったが、もう吐くモノは何も無い。少しずつ落ち着くのを待ち、緩慢な動作で立ち上がった。


「それにしても……人間ってのはどーしてこんなに脆いんだろうな。ぶっちゃけオレまだ遊び足りねえんだけど?」


まだ手に持っていたニュクスの胴体を地に放り、男は大仰に肩を竦ませる。楽し気な笑みを浮かべながら言う姿に、嫌な予感がした。此方を見詰める瞳は獲物を見付けた肉食獣の様に鋭く、嬉々とした色を滲ませている。
ぞく、と。背筋に悪寒が走る。相手はジェレマイアと同じ魔法使い。それも、生体兵器の持つ高い身体能力を備えた、究極とも言える生命体。魔法使いの素質が仮に同等、互角であったとしても、接近を許せばその太い腕で簡単に首を圧し折られるだろう。
恐怖で身が竦んだ。逃げようかとも思ったが、足が震えて上手く動かない。相手は相棒であるニュクスを簡単に殺した男だ。そんな人物相手に交戦して、勝てるとは思えない。同行者が追い付いてくれれば事態は幾らか好転もするだろうが、彼は何処を走っているのか、未だジェレマイアに追いつく気配が無い。


「こ、来ないで下さい!」


男が一歩、ジェレマイアに近付こうと足を踏み出す。それを見たジェレマイアは咄嗟に声を上げ、自身の周囲に風を生み出した。今はまだただの風だが、男の反応によっては直ぐに鋭利な凶器となる。それこそ、不用意に距離を詰めようものなら容赦なくそれを放とうと。ジェレマイアは恐怖に身を震わせながらも威嚇して見せた。


「ちっ……んだよ。テメエも魔法使いって奴か」


風を纏うジェレマイアを見た男は、彼が自分と同じ魔法使いであると知り、露骨な舌打ちをした。ひょろひょろで弱そうな人間だった故、じっくり嬲り殺しにしようと思ったのだろう。だが相手が魔法使いとなれば話は別だ。炎と風。相反する属性では無い為、互いの純粋な力が試される。同じ存在であるからこそ、その力の脅威を男は十分に理解していた。同族嫌悪と言うのだろうか。男は足を止めると苦い表情を顔に乗せ、如何したものかと腕を組み、考え込む。




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